烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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 こういった無理な申し出に次のように鴻上が答えたのは、なにも相手が女の子だからというわけではなく、おそらく男子だったとしてもだいたい同じように答えたにちがいない。

 そんなことを表だって認めることはできないが、僕は講義で出席をとっているわけでもないし、一年生対象の一般教養の講義は大講義室でおこなっているから、受講者以外の生徒がたまたま友だちの付き添いで入室していても、そんなことにはまったく気づかないだろう。

 大塚優果はそれをきくと、友だちは四年生だから、その講義を受けているわけではない、だから、付き添いで入室することはできないといった。

「わかっていますよ。友だちの付き添いで入室していても、というのは、ひとつの例ですよ」
「なんだ、どうしようかとおもっちゃいましたよ。じゃあ、聴いていてもよろしいんですね」
「だから、いったとおり、僕は許可できる立場にないから、僕はこのことをきかなかったことにしておきましょう。写真と照らし合わせて出席をとらない限り、あの大きな部屋でいろいろな学部からやってくる一年生の中に、受講生以外の学生が入りこんでいることに気づくのは困難なことですからね。僕はあなたから話をきかなかったから、あなたがあの教室にいても気づくことができないのです」
 鴻上はやさしく微笑む。
「ありがとうございます」
 優果は満面に笑みをたたえた。

 翌週、イギリス文学の講義をしているときに教室を見まわすと、ほんとうに隅の席に優果がいた。講義がおわって、優果が出口からでるまえに、早足で追いついて声をかけた。優果はびっくりしていた。

「先生!」
「大塚さん、僕の研究室にきませんか」
「え、だって、私は先生とお話しないほうがよろしいんじゃないですか」
「大丈夫ですよ。僕に質問したいことがあるということにすれば」
「私が受講してないのに、質問しちゃまずくないですか」
「受講してるかどうかはあなたは僕に話してないし、僕もきいてはいないんですから」
「先生っていい人ね」
 鴻上は話題を変えた。
「どうですか、わざわざ栃木から兵庫までやってきてまでしてきくような講義ではないでしょう?」
「そんなことないですよ。とてもおもしろかったですよ。先生はお話がお上手ですね」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月