烏賊がな
-中里探偵事務所-
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場面30
人は日々小さな努力を積みかさねてゆくと、ついに山のような巨きさになる。そうなるといままであたりに風もなく雨もなかったのに風雨が起こるようになる。宮城谷昌光
『奇貨置くべし』
翌日、優果は講義にでかけた。法律関係の講義にもぐり込もうとおもったのだ。いくまえにメールを読んで、くすっと笑った。
(所長は女の子がすぐ友だちをつくれることがわからないみたい。学食を何日か張って、彼女たちを捕まえさせたいのね。そんな悠長なことをしなければならないのかしら。悦子と早紀とはもうメアドの交換もしているのに。電話して、いっしょに食事にいったっていいわ。そうそれがいいかも。)
優果は、スカートをはき、セーターを着ると、スマホを操作して、悦子に電話をかけた。
「あ、優果です。……おはようございます。……ごめんなさい、朝早くに。……悦子さん、今日は学校にいきますか。……ちょっと、法律関係の講義にもぐり込んじゃおうかなっておもってるんです。……お昼にどっかいい店ないかなとおもって、電話しちゃったんです。……え! いいんですか?……わかりました。講義が終わったら、カフェテリアにいきます」
優果は髪にブラシをかけて、キッチンにいき、コーヒーを多めにドリップした。食パンにバターとジャムを塗ると、部屋のベンチに座って、お盆をテーブルに置いた。ベッドでは山野聡子がまだ寝ている。
一つの小さな考えが実現する。それはとても小さな成果だ。しかし、こういった一つ一つの小さなことを確実に実行するしかないのだ。それに、優果は地味な行為の集積が巨大な成果を生み出すという考え方が嫌いではなかった。悦子と早紀とお昼を食べる。お昼を食べるだけで終わるかもしれない。もしかすると、ちょっとした情報が得られるかもしれない。しかし、それはあまり期待しすぎないほうがいい。彼女たちを尋問するわけにはいかないのだ。大事なことは、彼女たちに嫌われず、行動をともにできるようにしておくことだ。彼女たちと自然な関係ができれば、そこから情報網が広がっていくかもしれないからだ。