烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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場面31

『この位(くらゐ)なら、行けねえことァなかんべ。少し波(なみ)をがぶるかも知れないけどもな……』
田山花袋
『田山花袋の日本一周(前編)』

 カフェテリアは学生協が運営する施設の一つで、いろいろな学部にあったが、法学部のカフェテリアで待ち合わせた。優果はテーブルに座って、スマホをみていた。しかし、実際には周りの様子をみていた。悦子と早紀が入口からはいってきた。もう一人つれていた。優果は手を振った。早紀がすぐに気づいて、二人に指をさして教えた。三人はまっすぐ優果のテーブルに歩いた。優果は立ちあがった。優果の知らない一人は最後尾を歩いてきた。
 四人がテーブルに座って、お互いの服や髪型についてひとしきりおしゃべりしていると、悦子が腕時計に目をやって、「ねえ、そろそろいってみない?」といった。
 早紀のパッソに四人が乗った。優果は後部座席に悦子といっしょに乗った。前で早紀がもう一人の学生と話している。
「陽菜、今日はもう講義ないの?」
 大学横の小さな川が車窓を流れていく。ガードレールはところどころ塗装がはげて、錆びた鉄が露出している。神戸ときくとおしゃれな感じがあるが、こういう殺風景な光景も当然あるのだということに、なぜか優果は変に感激していた。神戸大学のキャンパスは高台にある。だから、道路は山の斜面に沿ったところにもあった。そんなところからは神戸の街が見下ろせた。車がそういうところにさしかかると、今度は打って変わって、神戸が洗練された場所に見えるのが不思議であった。
「うん、講義はない。午後に鴻上先生に卒論の指導をしてもらうだけ」
 優果は陽菜と呼ばれた学生の声にとがったものがあるような気がした。それは鴻上教授に対してのものだろうか。それとも自分に対してのものだろうか。優果は、さきほどカフェテリアで、いちどだけ陽菜が自分の目をまともにみたとき、その視線が妙にきついように感じていた。優果は車の中でずっとそのことを考えていた。
 元町のハンバーガー店に到着した。人気がある店のようで、列ができていた。陽菜、早紀、悦子、優果の順に並んだ。陽菜と早紀が休みの予定について話をしている。悦子はこの店について、優果にいろいろと教えてくれた。
 席に着くと、悦子から教えてもらったハンバーガーセットを頼んだ。ポテトがたくさんあって食べきれない。バンズとハンバーグがおいしい。ソースが垂れないように注意して食べていると、自分を呼ぶ声がした。
「大塚さんは、英文科の出身じゃないのに、なんで英文科の聴講生になったんですか」
 顔を上げると、根本陽菜が自分をみていた。やはりその目はなにかをいいたそうだった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月