烏賊がな
-中里探偵事務所-
15
「いきなり鴻上先生の研究室にきたり、鴻上先生たちと食事にいったり、ゼミの学生に連絡をとっていっしょにお昼食べたりして、なかなか積極的ですよね」
「陽菜ー」
「なに? 私、いいすぎ? でも、みんながおもってること、いってるだけじゃない?」
優果は、呆然とした顔をした。こういう事態を想定していた所長から教わっていた、こういうときにするべき表情だった。所長から受けた事前講習は、やはり役に立った。所長とおこなった予行演習は数えきれなかったから、体が自然に反応した。
「ごめんなさい。私、早くこの大学に慣れたかったので、少し焦っていました」
こういうとき、英文学への関心の強さや教授から声を掛けられたことなどをいって反論すると、相手の怒りに火をそそぐだけだ。
所長からのこの言葉がなければ、まさにそういう反応をしていたと、優果はおもい、所長の思慮深さに感心した。また、そうだからといって、あまりへりくだりすぎると、わざとらしいとおもわれ、相手はもっといたぶりたくなる。所長はそこまで教えてくれていた。
所長は優果にこういう場合の対処法をわかりやすく教えた。こつは簡単だった。勝とうとおもわないこと。わざと負けたとおもわれないこと。くどくど答えないこと。理屈で答えないこと。それでいて、誰もがなるほどとおもう理由をいうこと。早く大学に慣れたいから、焦ってしまった。これはこの場合、悪くない答えだった。この答えをきいて、少し陽菜は黙っていたが、すぐにまた口を開いた。
「そうですよね。聴講生なら、学校に慣れるのに苦労しますよね」
言葉遣いも少し丁寧になっていた。
「根本さん、本当にすみません。昔から英文学には興味があったんですけど、英文科は落ちちゃって、せめて聴講という形で国立大学の講義をきけたらいいなと憧れていたんです」
名門国立大学の英文科に所属する陽菜は、この言葉で少し気分がよくなった。しかし、あまり簡単に譲歩したくなかった。
「そうだったんですか。わかりました。私、ちょっといいすぎました。でも、鴻上先生にはあまり近づかないほうがいいですよ」
きたとおもった。陽菜の本題はここである。ここにきまっていたのだ。しかし、それがどういう意味であるのかは、もう少し話をきく必要がある。
「え、鴻上先生って、紳士的で、優しくて、いい人かなっておもったんですけど、なにか問題があるんですか」
陽菜は悦子と早紀の顔をみた。三人の目は「どうする?」といっていた。
「陽菜ー」
「なに? 私、いいすぎ? でも、みんながおもってること、いってるだけじゃない?」
優果は、呆然とした顔をした。こういう事態を想定していた所長から教わっていた、こういうときにするべき表情だった。所長から受けた事前講習は、やはり役に立った。所長とおこなった予行演習は数えきれなかったから、体が自然に反応した。
「ごめんなさい。私、早くこの大学に慣れたかったので、少し焦っていました」
こういうとき、英文学への関心の強さや教授から声を掛けられたことなどをいって反論すると、相手の怒りに火をそそぐだけだ。
所長からのこの言葉がなければ、まさにそういう反応をしていたと、優果はおもい、所長の思慮深さに感心した。また、そうだからといって、あまりへりくだりすぎると、わざとらしいとおもわれ、相手はもっといたぶりたくなる。所長はそこまで教えてくれていた。
所長は優果にこういう場合の対処法をわかりやすく教えた。こつは簡単だった。勝とうとおもわないこと。わざと負けたとおもわれないこと。くどくど答えないこと。理屈で答えないこと。それでいて、誰もがなるほどとおもう理由をいうこと。早く大学に慣れたいから、焦ってしまった。これはこの場合、悪くない答えだった。この答えをきいて、少し陽菜は黙っていたが、すぐにまた口を開いた。
「そうですよね。聴講生なら、学校に慣れるのに苦労しますよね」
言葉遣いも少し丁寧になっていた。
「根本さん、本当にすみません。昔から英文学には興味があったんですけど、英文科は落ちちゃって、せめて聴講という形で国立大学の講義をきけたらいいなと憧れていたんです」
名門国立大学の英文科に所属する陽菜は、この言葉で少し気分がよくなった。しかし、あまり簡単に譲歩したくなかった。
「そうだったんですか。わかりました。私、ちょっといいすぎました。でも、鴻上先生にはあまり近づかないほうがいいですよ」
きたとおもった。陽菜の本題はここである。ここにきまっていたのだ。しかし、それがどういう意味であるのかは、もう少し話をきく必要がある。
「え、鴻上先生って、紳士的で、優しくて、いい人かなっておもったんですけど、なにか問題があるんですか」
陽菜は悦子と早紀の顔をみた。三人の目は「どうする?」といっていた。