烏賊がな
-中里探偵事務所-
18
二人きりになった研究室で、しばらく優果と鴻上教授は黙りこくっていたが、鴻上教授の方がさきに口をひらいた。
「変なところをみせちゃって、悪かったね。彼女、思い込みが激しいので」
優果は、まったく気にしてないという口ぶりでいった。
「全然かまいませんよ。文学と映画の関係なんて、あまり考えたことがなかったから、すごく興味深かったです」
「コーヒー、飲みますか」
鴻上は立ちあがって、流しに向かった。
「いえ、さっき飲んだばかりなので」
鴻上は手に取ったサーバーをまた食器かごにもどした。
「今日はどんな質問ですか」
優果は、講義を書き取ったノートをだして、いくつか疑問におもったところを質問した。優果は英文学に興味があったし、鴻上教授の講義を真剣に聴いていたから、質問することはいくらでもあった。教授は詳細に説明した。すると、説明を聞きながら、さらにききたいことがでてくる。そんなふうにして、気がついたら一時間ぐらいたっていた。そのあいだに、やっぱりコーヒーを淹れよう、といって、鴻上がコーヒーの用意をした。鴻上のコーヒーはおいしかった。そのコーヒーも二人は飲みきってしまった。
「まだまだ、説明したいことはたくさんあるけど、今日はこのぐらいにしておこう」
鴻上はいまにも食事に誘いそうな顔つきをしていた。
「ええ、そうですね。また、次の講義のあとにお伺いしてもよろしいですか」
優果は、いっこうに立ちあがる気配がなかった。
「ええ、もちろんです。いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
優果は座ったままだった。しばらく二人は黙っていた。鴻上が何かいおうとすると、優果が立ちあがって、書棚に並んでいる本の背表紙を見はじめた。またしばらく、研究室の蔵書に関する話題がつづいた。三冊の本をテーブルに並べ、ソファで向かいあいながら、優果に適した本を鴻上が吟味しているうちに、優果が腰をあげかけた。
「じゃあ、私、そろそろ帰りますね」
「今日は、同居している学生さんと夕食を召しあがるのですか」
「いえ、今日は一人です。コンビニでお弁当でも買って、アパートで食べようとおもっています」
「大塚さん、もしよかったら、なにか食べにいきませんか。神戸牛はもう食べましたか」
「えー? 神戸牛はまだなんですけど、そんな、私に付き合っていただいたら、奥さんに悪いです」
「いや実は、家内は今夜職場の飲み会にいくから、どうせ僕一人で食べることになっていたんですよ」
「え、先生、お子さんはいらっしゃらないんですか」
「いませんよ。夫婦二人です。だから、気楽なものです」
「でも、どうしようかな。あまり先生と出かけたりすると、ゼミの女子学生に焼き餅焼かれそうだし」
「大丈夫ですよ。そんな奇特な学生はいませんから」
「ほんとうですか」
「ほんとうですよ」
鴻上教授は、バッグを持って、優果を部屋の外にだし、そそくさと鍵をかけると、足早に廊下を歩いていった。
優果は、どう対処したらいいか困りきった様子であとを付いていきながら、「釣れた」とおもった。
「変なところをみせちゃって、悪かったね。彼女、思い込みが激しいので」
優果は、まったく気にしてないという口ぶりでいった。
「全然かまいませんよ。文学と映画の関係なんて、あまり考えたことがなかったから、すごく興味深かったです」
「コーヒー、飲みますか」
鴻上は立ちあがって、流しに向かった。
「いえ、さっき飲んだばかりなので」
鴻上は手に取ったサーバーをまた食器かごにもどした。
「今日はどんな質問ですか」
優果は、講義を書き取ったノートをだして、いくつか疑問におもったところを質問した。優果は英文学に興味があったし、鴻上教授の講義を真剣に聴いていたから、質問することはいくらでもあった。教授は詳細に説明した。すると、説明を聞きながら、さらにききたいことがでてくる。そんなふうにして、気がついたら一時間ぐらいたっていた。そのあいだに、やっぱりコーヒーを淹れよう、といって、鴻上がコーヒーの用意をした。鴻上のコーヒーはおいしかった。そのコーヒーも二人は飲みきってしまった。
「まだまだ、説明したいことはたくさんあるけど、今日はこのぐらいにしておこう」
鴻上はいまにも食事に誘いそうな顔つきをしていた。
「ええ、そうですね。また、次の講義のあとにお伺いしてもよろしいですか」
優果は、いっこうに立ちあがる気配がなかった。
「ええ、もちろんです。いつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます」
優果は座ったままだった。しばらく二人は黙っていた。鴻上が何かいおうとすると、優果が立ちあがって、書棚に並んでいる本の背表紙を見はじめた。またしばらく、研究室の蔵書に関する話題がつづいた。三冊の本をテーブルに並べ、ソファで向かいあいながら、優果に適した本を鴻上が吟味しているうちに、優果が腰をあげかけた。
「じゃあ、私、そろそろ帰りますね」
「今日は、同居している学生さんと夕食を召しあがるのですか」
「いえ、今日は一人です。コンビニでお弁当でも買って、アパートで食べようとおもっています」
「大塚さん、もしよかったら、なにか食べにいきませんか。神戸牛はもう食べましたか」
「えー? 神戸牛はまだなんですけど、そんな、私に付き合っていただいたら、奥さんに悪いです」
「いや実は、家内は今夜職場の飲み会にいくから、どうせ僕一人で食べることになっていたんですよ」
「え、先生、お子さんはいらっしゃらないんですか」
「いませんよ。夫婦二人です。だから、気楽なものです」
「でも、どうしようかな。あまり先生と出かけたりすると、ゼミの女子学生に焼き餅焼かれそうだし」
「大丈夫ですよ。そんな奇特な学生はいませんから」
「ほんとうですか」
「ほんとうですよ」
鴻上教授は、バッグを持って、優果を部屋の外にだし、そそくさと鍵をかけると、足早に廊下を歩いていった。
優果は、どう対処したらいいか困りきった様子であとを付いていきながら、「釣れた」とおもった。