烏賊がな
-中里探偵事務所-
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場面34
多少帰りが遅くなるようなことがあっても、自分については心配しないで貰いたい、自分は向う見ずな冒険はしない、前進不可能と見ればどこからでも引き返して来る谷崎潤一郎
『細雪』
鴻上教授が代行を呼んで、アパートまで送っていくというのを丁重に断って、優果は店の外にでた。鴻上教授にアパートの近くまで来られて、あれこれ詮索されるのもいやだったし、それに鴻上教授は、電話のあいだにもう一本ワインを頼んで、楽しんでいたから、断りやすかったのである。
優果は外にでると、タクシーを待った。二、三分で空車の表示を灯らせたタクシーが寄ってきた。
「すみません、六甲中学校・高等学校にいってください」優果は聡子のアパートの付近をいった。
タクシーが優果を乗せて走りだすと、一台の車がそのあとをついてきた。そういうことがもしかしたらあるかもしれないと所長がいっていたことを思い出したので、ミラーに目をやっていたのだ。
「やっぱり、六甲小学校に変えてもらっていいですか」
「はい、いいですよ」
「それと、その前に寄ってほしいところがあるんですけど、いいですか」
「別にかまいませんよ」
「ありがとうございます。じゃあ、どこでもいいので、コンビニに寄ってもらっていいですか」
「いいですけど、私が決めちゃっていいんですか」
「はい、よろしくお願いします」
市道を進み、赤信号で停車し、信号が青に変わってまた走りだすと、左側にコンビニがあった。
「お客さん、この店でもいいですか」
「はい、お願いします」
タクシーが駐車場に停まると、優果は早足で店内にはいり、トイレにはいった。特にトイレに寄りたいわけではなかったが、中にはいってみると、意外に催してきたので、小用を足した。
缶コーヒーを買って、タクシーにもどると、運転手はおもったとおりだという顔をしていた。心なしかにやにやしているようにみえた。
「あの、コーヒー、お好きですか」
「ええ、好きですよ」
「じゃ、これ、どうぞ」
優果はカフェオレを渡した。
「やあ、これはすみません」
運転手はカフェオレの缶をカップホルダーに置いた。
「えーと、六甲小学校ですよね」
「はい、お願いします」
タクシーがコンビニの駐車場をでた。道路の左側に停めていた車が走りだし、うしろをついてきた。
タクシーの運転手が、優果にあれこれとたずねてきた。優果が適当に返事をしていると六甲小学校に到着した。