烏賊がな
-中里探偵事務所-
24
優果は料金を支払い、校門付近でタクシーを降りた。タクシーのヘッドライトが照らす光景が闇に消えると、うしろから光が迫った。ブレーキの鳴る音、エンジンの回転数が下がる音が、これほど大きいものなのかとおもっていると、優果の隣に車がとまって、モーターの回る音がした。パワーウインドウだった。あいた窓の向こうから呼ぶ声が、うれしそうだった。少なくともうれしそうに聞こえるようにつくった声であることは間違いなかった。
「大塚さんですよね。どうしたんですか、こんなところで」
陽菜が明るい顔を助手席の窓に可能な範囲で近づけた。
優果は驚かなかったが、驚いた振りをした。
「あら、陽菜さん、どうしてこんなところに?」
「友だちのアパートに寄って、帰る途中に大塚さんに似ている人がいるなあとおもって、ゆっくり車を走らせてみたら、やっぱり大塚さんだったので、つい、声をかけちゃいました」
「そうだったんですか」なるほどそういう説明があるかと優果はおもった。「悪いことはできませんね」
「え、大塚さん、なにか悪いことをしてきたんですか」
「そんなことしませんよ」
「冗談ですよ」
陽菜は笑い崩れた。
「乗っていきませんか。おうちまで送っていきますよ」
「え、いいんですか」
まさか命が狙われることはないだろう。とおもってすぐに、こんなことを考えるなんて、どうも犯罪ドラマを見過ぎているようだと、優果は自分の頭に思い浮かぶことのレベルをばからしくおもった。
「どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
優果は助手席のドアをあけた。
「大塚さんのうちはどこなんですか」
「実は私、うちに帰る前に友だちのところへ顔をださなくちゃならないことに気づいたんです」
嘘だった。なんとなく陽菜には聡子のアパートを知られたくなかったのだ。
「別にいいですよ。場所を教えてください」
優果はでたらめの場所をいった。
でたらめの場所につくと、陽菜がいった。
「このあとはどういけばいいのかしら」
優果は首を右左に振って、首をかしげた。
「ごめんなさい。友達のアパート、まだ、よく覚えてなくって」
「困ったわね。じゃあ、電話してみたら」
優果はよかったとおもった。留守電対応をする番号を一つだけ知っていたからだ。中里探偵事務所だ。
留守電がきちんと対応してくれて、優果はとてもありがたかった。スマホの相手の声は、結構人に聞こえるから、こんな至近距離で下手なことはできないのだった。
「あ、優果です。近くまで来てみたんですけど、アパートの位置がわからなくなっちゃたんです。今、友だちの車に乗せてもらっているんですけど、留守電聞いたら電話くれませんか」
最後のセリフをいってから、優果は本当に所長が電話をかけてきたらどうしようとおもった。しかしすぐに、所長がそんなことをするはずがないと思い直した。
「大塚さん、友だちからの電話を待つあいだ、私のアパートにきませんか。電話がきたら、また車にのせてあげますよ」
優果は迷ったが、すぐに返事をした。
「いいんですか。なんか私、根本さんにものすごく迷惑かけちゃってますよね」
「このぐらい、なんでもありませんよ」
陽菜は車を脇道にバックで入れると、今までの進行方向とは反対の方向に向けて、アクセルを踏んだ。
陽菜が自分をアパートに連れていく理由を考えてみた。あまりいい話ではなさそうだった。鴻上と食事しているところを見張って、そこからタクシーで移動する優果を尾行した女である。もし、いい話だとしたら、裏があるに違いない。
「大塚さんですよね。どうしたんですか、こんなところで」
陽菜が明るい顔を助手席の窓に可能な範囲で近づけた。
優果は驚かなかったが、驚いた振りをした。
「あら、陽菜さん、どうしてこんなところに?」
「友だちのアパートに寄って、帰る途中に大塚さんに似ている人がいるなあとおもって、ゆっくり車を走らせてみたら、やっぱり大塚さんだったので、つい、声をかけちゃいました」
「そうだったんですか」なるほどそういう説明があるかと優果はおもった。「悪いことはできませんね」
「え、大塚さん、なにか悪いことをしてきたんですか」
「そんなことしませんよ」
「冗談ですよ」
陽菜は笑い崩れた。
「乗っていきませんか。おうちまで送っていきますよ」
「え、いいんですか」
まさか命が狙われることはないだろう。とおもってすぐに、こんなことを考えるなんて、どうも犯罪ドラマを見過ぎているようだと、優果は自分の頭に思い浮かぶことのレベルをばからしくおもった。
「どうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
優果は助手席のドアをあけた。
「大塚さんのうちはどこなんですか」
「実は私、うちに帰る前に友だちのところへ顔をださなくちゃならないことに気づいたんです」
嘘だった。なんとなく陽菜には聡子のアパートを知られたくなかったのだ。
「別にいいですよ。場所を教えてください」
優果はでたらめの場所をいった。
でたらめの場所につくと、陽菜がいった。
「このあとはどういけばいいのかしら」
優果は首を右左に振って、首をかしげた。
「ごめんなさい。友達のアパート、まだ、よく覚えてなくって」
「困ったわね。じゃあ、電話してみたら」
優果はよかったとおもった。留守電対応をする番号を一つだけ知っていたからだ。中里探偵事務所だ。
留守電がきちんと対応してくれて、優果はとてもありがたかった。スマホの相手の声は、結構人に聞こえるから、こんな至近距離で下手なことはできないのだった。
「あ、優果です。近くまで来てみたんですけど、アパートの位置がわからなくなっちゃたんです。今、友だちの車に乗せてもらっているんですけど、留守電聞いたら電話くれませんか」
最後のセリフをいってから、優果は本当に所長が電話をかけてきたらどうしようとおもった。しかしすぐに、所長がそんなことをするはずがないと思い直した。
「大塚さん、友だちからの電話を待つあいだ、私のアパートにきませんか。電話がきたら、また車にのせてあげますよ」
優果は迷ったが、すぐに返事をした。
「いいんですか。なんか私、根本さんにものすごく迷惑かけちゃってますよね」
「このぐらい、なんでもありませんよ」
陽菜は車を脇道にバックで入れると、今までの進行方向とは反対の方向に向けて、アクセルを踏んだ。
陽菜が自分をアパートに連れていく理由を考えてみた。あまりいい話ではなさそうだった。鴻上と食事しているところを見張って、そこからタクシーで移動する優果を尾行した女である。もし、いい話だとしたら、裏があるに違いない。