烏賊がな
-中里探偵事務所-
27
「でも、どうして根本さんは鴻上先生をそんなに悪くおもっているの?」
陽菜の目がつり上がった。
「あ、私のこと、変な人だとおもってるでしょ? とりあえず私のいうことを聞いて、先生のパソコンを調べればいいやって、あなた、そうおもってるんでしょ?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「まあ、いいですよ、そうおもっていても。たしかに私はもともと鴻上先生のことを憎んでいるのだから」
「憎んでる?」
「そう。これは、私にとっては宿命なんです」
「宿命?」
「私が個人的に憎んでるというより、私の家にとって彼は敵なの」
「ますますわからないわ」
陽菜が時計をみた。カラーボックスの最上段にミッキーマウスの目覚まし時計があった。
「大塚さん、時間がありますか」
「友だちからまだ電話がこないし、その電話を待つこと以外に私には予定がないから、時間はたっぷりあります」
「大塚さん、昔、神戸で大洪水があったことを知ってますか」
「知りません。いつごろのことですか」
「私も詳しいことはあまり知らないのですが、母からきいたところでは、戦前にものすごい洪水があったらしいのです。私の母はもちろんですが、祖母でさえ当時はまだ生まれていなかったそうです。祖母のお母さん、つまり、曾祖母がまだ若いころのことだそうです。曾祖母はそのころ、婚約者がいたそうなんです。曾祖母の名は夕子という名前だったそうです。その夕子さんが、洪水のときに、急死に一生を得たんです」
陽菜の話は、生々しくなっていき、いつの間にか優果は、その話に夢中になっていった。
夕子はそのころ、洋裁学校に通っていた。その日は激しい雨だったが、いつもどおりに電車に乗り、学校にいった。大雨の影響で来られないのか、洋裁学校に来た生徒は少なかった。登校した生徒も、雨で電車が運休になる前に帰ろうと、来た道を皆引き返した。夕子は、師匠の岡本女史に誘われて、学校の隣にある女史の自宅にお邪魔していた。夕子は、厄介になっている義兄の家に無理に帰ろうとまではおもわなかったし、電車が運休して雨が落ちつくまで帰れなくても、困るものでもなかったし、女史が是非にと引き留めるのを断りづらくもあったし、いくら増水しても女史の家が水に浸かるとはまったく予想もできなかったから、むしろ、授業がない解放感に、すっかりくつろいだ気分で女史にだされた紅茶を飲んでいたのであった。女史とは来年いっしょに行く予定のフランス旅行について話をしていた。夕子はセンスがよいので、女史に気に入られていて、パリの最新モードを研究しにいかないかと、誘われたのであった。
陽菜の目がつり上がった。
「あ、私のこと、変な人だとおもってるでしょ? とりあえず私のいうことを聞いて、先生のパソコンを調べればいいやって、あなた、そうおもってるんでしょ?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「まあ、いいですよ、そうおもっていても。たしかに私はもともと鴻上先生のことを憎んでいるのだから」
「憎んでる?」
「そう。これは、私にとっては宿命なんです」
「宿命?」
「私が個人的に憎んでるというより、私の家にとって彼は敵なの」
「ますますわからないわ」
陽菜が時計をみた。カラーボックスの最上段にミッキーマウスの目覚まし時計があった。
「大塚さん、時間がありますか」
「友だちからまだ電話がこないし、その電話を待つこと以外に私には予定がないから、時間はたっぷりあります」
「大塚さん、昔、神戸で大洪水があったことを知ってますか」
「知りません。いつごろのことですか」
「私も詳しいことはあまり知らないのですが、母からきいたところでは、戦前にものすごい洪水があったらしいのです。私の母はもちろんですが、祖母でさえ当時はまだ生まれていなかったそうです。祖母のお母さん、つまり、曾祖母がまだ若いころのことだそうです。曾祖母はそのころ、婚約者がいたそうなんです。曾祖母の名は夕子という名前だったそうです。その夕子さんが、洪水のときに、急死に一生を得たんです」
陽菜の話は、生々しくなっていき、いつの間にか優果は、その話に夢中になっていった。
夕子はそのころ、洋裁学校に通っていた。その日は激しい雨だったが、いつもどおりに電車に乗り、学校にいった。大雨の影響で来られないのか、洋裁学校に来た生徒は少なかった。登校した生徒も、雨で電車が運休になる前に帰ろうと、来た道を皆引き返した。夕子は、師匠の岡本女史に誘われて、学校の隣にある女史の自宅にお邪魔していた。夕子は、厄介になっている義兄の家に無理に帰ろうとまではおもわなかったし、電車が運休して雨が落ちつくまで帰れなくても、困るものでもなかったし、女史が是非にと引き留めるのを断りづらくもあったし、いくら増水しても女史の家が水に浸かるとはまったく予想もできなかったから、むしろ、授業がない解放感に、すっかりくつろいだ気分で女史にだされた紅茶を飲んでいたのであった。女史とは来年いっしょに行く予定のフランス旅行について話をしていた。夕子はセンスがよいので、女史に気に入られていて、パリの最新モードを研究しにいかないかと、誘われたのであった。