烏賊がな
-中里探偵事務所-
32
「新しい板前さんがはいったのですか」
山脇は、いままでに何度か「あをやぎ」にきたことがあった。最初は、亜沙子に誘われたのであったが、その後は自発的に訪れている。そのときは必ず、妻と娘をつれてきた。
田中のことにいまごろ気づいたのは、打ち合わせがはじまるときには、すでに用意がおわっており、なおかつ、山脇が少しだけ遅れてきたためであった。といっても、田中が厨房に引っ込むと同時に山脇が現れたので、ほんのタッチの差ではあったが。
「そうなんです。昔お世話になった店から助けにきてくれたのです。大変丁寧に包丁を裁く方(かた)ですので、私の出番がなくなってしまいそうです」
「とんでもありません。私は師匠の料理法を一つ一つ覚えるのに必死で、師匠がいらっしゃらなければ、なにひとつとしてひとりではできません」
「譲さん、師匠と呼ばれているんですね」
「まったく、困ったものです。田部井さんでいいといっているのに、彼は昔気質(かたぎ)な人なので、給料を払ってくれる人は、だれでも師匠と呼ぶんですよ」
「いえ、いえ、そうではありません。私は、師匠の技に心底敬服してしまいましたので、とにかく、師匠が許す限りのあいだ、なんとしてもこの店に置いていただきたいとおもっているのです」
「そんなの当たり前じゃないですか。田中君がいなくなったら、この店はすぐにたたまなくちゃならないんだから」
譲は山脇に微笑んだ。
「田中君がきてから、なんだか急に店が忙しくなりましてね。ほら、みんな弱いじゃないですか。東京の老舗料亭からきた天才料理人とか、その手のたぐいに。もう収拾がつかないので、お店の方は完全予約制にしてしまったんですよ」
「ちがいますよ。私がこちらでお世話になったときには、もう行列ができるような繁盛ぶりだったので、私のそれまでいた店の予約システムを師匠にご紹介したのです」
山脇は、田中義男が「あをやぎ」にきたいきさつがだいたい理解できたので、義男に丁寧な挨拶をしたあと、本題にもどっていった。
「では、一応私のノートパソコンを持ってきましたので、これで閲覧記録を入手する方法をご説明いたしましょう」
「山脇巡査長、もしよろしかったら、この部屋のパソコンを使ってください」
「いえ、いえ、自分のノートパソコンですと、私も説明しやすいですので、そうおもって、持ってきただけです。ですから、まったく気にしないでください」
山脇は、バッグからノートパソコンとモバイルルーターをだした。
電源をいれ、コンピュータを起動させる。設定画面で操作し、ネットに接続する。インターネット・エクスプローラーを立ちあげる。
「すごいですね。持ち運び用のルーターがあるんですね」
山脇は、ええ、といいながら、指を動かしつづけ、インターネット・エクスプローラーの履歴をひらいた。
山脇は、いままでに何度か「あをやぎ」にきたことがあった。最初は、亜沙子に誘われたのであったが、その後は自発的に訪れている。そのときは必ず、妻と娘をつれてきた。
田中のことにいまごろ気づいたのは、打ち合わせがはじまるときには、すでに用意がおわっており、なおかつ、山脇が少しだけ遅れてきたためであった。といっても、田中が厨房に引っ込むと同時に山脇が現れたので、ほんのタッチの差ではあったが。
「そうなんです。昔お世話になった店から助けにきてくれたのです。大変丁寧に包丁を裁く方(かた)ですので、私の出番がなくなってしまいそうです」
「とんでもありません。私は師匠の料理法を一つ一つ覚えるのに必死で、師匠がいらっしゃらなければ、なにひとつとしてひとりではできません」
「譲さん、師匠と呼ばれているんですね」
「まったく、困ったものです。田部井さんでいいといっているのに、彼は昔気質(かたぎ)な人なので、給料を払ってくれる人は、だれでも師匠と呼ぶんですよ」
「いえ、いえ、そうではありません。私は、師匠の技に心底敬服してしまいましたので、とにかく、師匠が許す限りのあいだ、なんとしてもこの店に置いていただきたいとおもっているのです」
「そんなの当たり前じゃないですか。田中君がいなくなったら、この店はすぐにたたまなくちゃならないんだから」
譲は山脇に微笑んだ。
「田中君がきてから、なんだか急に店が忙しくなりましてね。ほら、みんな弱いじゃないですか。東京の老舗料亭からきた天才料理人とか、その手のたぐいに。もう収拾がつかないので、お店の方は完全予約制にしてしまったんですよ」
「ちがいますよ。私がこちらでお世話になったときには、もう行列ができるような繁盛ぶりだったので、私のそれまでいた店の予約システムを師匠にご紹介したのです」
山脇は、田中義男が「あをやぎ」にきたいきさつがだいたい理解できたので、義男に丁寧な挨拶をしたあと、本題にもどっていった。
「では、一応私のノートパソコンを持ってきましたので、これで閲覧記録を入手する方法をご説明いたしましょう」
「山脇巡査長、もしよろしかったら、この部屋のパソコンを使ってください」
「いえ、いえ、自分のノートパソコンですと、私も説明しやすいですので、そうおもって、持ってきただけです。ですから、まったく気にしないでください」
山脇は、バッグからノートパソコンとモバイルルーターをだした。
電源をいれ、コンピュータを起動させる。設定画面で操作し、ネットに接続する。インターネット・エクスプローラーを立ちあげる。
「すごいですね。持ち運び用のルーターがあるんですね」
山脇は、ええ、といいながら、指を動かしつづけ、インターネット・エクスプローラーの履歴をひらいた。