烏賊がな
-中里探偵事務所-
37
場面37
この世界には、物事の釣りあいをたもっている仕掛けがある。わしはそう信じてる。こんな格言があるじゃないか――学ぶべき時にいたれば師が姿をあらわす。スティーヴン・キング
『ドクター・スリープ』
ドラッグスギの入口の自動ドアがひらいた。一歩足を踏みこむと、段ボール箱をあけただけの商品が目にはいった。腰ぐらいの高さで、二種類のインスタント食品が行く手をふさいでいる。「ペヤングソースやきそば」だった。規則正しく段ボールに詰めこまれている。最上段は複数個すでに売れていた。隣の箱にあるのは真っ赤だった。譲は「なんだろう?」ぐらいにしかおもわなかった。
亜沙子と並んで通路を歩く。必要なものが見つかった。ハンドクリームである。年とともに肌の水分が減少するのか、十一月ぐらいになると、すぐ手が荒れる。譲が潔癖症なのもあるが、やはり飲食店の経営は水仕事が多い。放っておくと指先が罅(ひび)だらけになってしまうのだ。
目的の品物が見つかったあとも、なぜか二人は通路から通路へと歩きまわることをやめられない。薬局の陳列棚というのは実におもしろい。二人が時間をかけてまわるのは食品コーナーだ。そば、うどん、シリアル、煎餅(せんべい)、クッキー、干瓢(かんぴよう)。こんなものが、とおもうものまであるので、つい時を忘れて眺めてしまう。
「この干瓢でちらし寿司をつくってみるかな」
と、譲が半ば本気で干瓢の袋を手に取ると、亜沙子が、
「譲さん、お酒、買う?」
といって、アルコールが並んでいる通路に歩いていく。
譲は干瓢をもどして、早足で亜沙子に追いつき、酒のコーナーを眺めるが、これといって買いたい酒はなかった。
「いや、いいよ。それより、ケロッグのコーンフレーク、買わない?」
「えー、私、フルーツグラノラの方がいいわ」
「そうか、じゃ、そうしよう」
譲はフルーツグラノラの箱をかごにいれた。
レジには三人並んでいた。もう一つのレジにはスタッフがいなかった。
「私、レジ済ませるから、なにか見て待ってて」
譲は入口付近で、栄養ドリンクを見ながら、これを毎日飲む人のことを想像してみた。すると、なぜか皆川のことをおもいだした。きたときにもみた、「ペヤングソースやきそば」をもう一度みた。隣の箱にある真っ赤な「ペヤングソースやきそば」に顔を近づけると、激辛バージョンだった。ちょっと食べてみたくなった。
「あ、ペヤングだ。買ってみる?」
「そうだね」
「どっち買う?」
「うーん」
「両方買う?」
「そうだね」
亜沙子はペヤングを二つと激辛ペヤングを二つ手にとった。
「買ってくるから、車で待ってて」
亜沙子はすでに買ったものをいれたビニール袋を譲に渡した。譲は車にもどり、ショパンの練習曲ハ短調を聴いていた。それがおわり、練習曲イ短調が始まると、亜沙子が助手席にもどった。