烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
prev

38

「ペヤング、すごい人気あるんだね。私がレジで並んだら、うしろの人もペヤング持ってたわ。もしかしてっておもって、そのうしろをみたら、やっぱりその人もペヤング持ってたの」
 譲は、出入り口でペヤングをみていたときに、店にはいった人がちらっとこちらをみたような気がしたことをおもいだした。人がなにかしていると、どうもそれが気になり、同じことをしたくなる。あるいは、自分も実はそれがしたかったことに気づくということがあるのではないかと、譲はおもった。
 車を発進させようとしたとき、電話が鳴った。譲はバッグを後部座席から取り寄せ、スマホをだした。大学以来の友人からだった。片岡明貞(あきさだ)という名だ。
「メイテイか、どうしたんだ」
 譲は、明貞のことをメイテイと呼んでいた。
 譲が、明貞と初めて会ったのは、慶應大学法学部の入学試験の日だった。
 最後の科目が終了し、駅まで歩いた。駅に向かうのは、慶應の門から大河のようにあふれ出た受験生たちだった。河はそのまま駅に流れこんだ。電車のホームいっぱいに河は広がった。電車の扉がひらくと、河は勢いよく流れこんだ。幸運にも座席に座れた譲は、左隣になかなかの美人が座ったので喜んだが、まもなく、右隣にさえない男が座ったのでうっとうしくなった。
 左隣の美人は、三つ目ぐらいの駅で降りてしまった。右隣のさえない男は、終点までいっしょだった。
 譲は、美人が降りたときに、座席の位置を変えようかとおもったが、ためらっているうちに、もっとさえない男に座られてしまった。そのまま三人は、終点まで並んで座っていた。
 譲が文庫本を読みふけっていると、左隣の男が話しかけてきた。君は何学部を受けたのかときくのである。法学部だとこたえると、男はきかれもしないのに、自分は文学部を受けたと教えてくれた。すると、右隣の男が話に割り込み、自分は経済学部を受けたという。譲は、ふんふんときいているだけであったが、いつの間にか両側の男たちが意気投合し、どうだ、いっしょに飯でも食わないか、ということになった。譲は、彼らといっしょに飯を食いたくなかったが、断る勇気がでなくて、ついていった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月