烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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 話し声が聞こえるので、目を覚ますと、床に転がっていた明貞と秋山が、小さなテーブルでお茶を飲んでいた。八時一五分だった。
 譲は飛び起きて、顔を洗った。試験会場の受付時間まであまり時間がなかった。
「ユズ、なに慌ててんだよ。もうあきらめろ」
 明貞がのんきな声をだした。
「そうだよ。こんなときぐらいしかのんびりできないんだから、ゆっくり朝飯でも食おうぜ」
 秋山ものんきな声を響かせた。なんだか試験に行くのが馬鹿らしくなってきた。急いでたどり着いたとしても、いれてもらえるかどうかわからない。
「でもさ、やっぱり、いくだけいかないとまずくないか」
「俺たちは、E判定だから、どっちでもいいよ」と明貞。
「おまえ、何判定なんだ?」と秋山。
 譲はA判定だった。
「俺もE判定」
「じゃあ、いいじゃん。親には受けてきたっていえばいいさ」
「それもそうだな」
 譲は、あまり大学には興味がなかった。東大でも慶應でもどっちでもいい。別にいかなくてもかまわなかった。
「三人で慶應に通おうよ」
「慶應は受かりそうなのか」
「たぶんな」と明貞がいった。
「俺も受かるとおもう」秋山もいった。
「俺もたぶん大丈夫だとおもうよ」
「じゃあ、慶應で決まりだ」
「受かったら、祝杯をあげよう」
 そして、立ち食いそば屋にいき、ビールを飲みながら、天玉そばを食べた。
 三人は、約束どおり、祝杯をあげ、慶應に通った。
 卒業すると、明貞は群馬県の高校の教師になり、秋山は群馬銀行に勤めた。
 いまでも三人で時々飲みにいく。
 意外と気を遣う明貞は、よく譲の家に立ち寄る。
 激辛ペヤングを見た途端に食べたがった明貞のために、お湯をいれて三分たった激辛ペヤングが二つ用意された。二人は火を噴きそうになりながら、食べた。
「だけどさ、高級天麩羅店の店主が、なんでインスタント食品を食べてるんだよ」
「それとこれとは別さ。ジャンクフードも食べたいときがあるよ」
 明貞はバッグから紙の束をだした。
「最新作なんだけど、読んでくれよ」
 譲はこうやっていつも明貞の最新作の最初の読者にさせられるのだった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月