烏賊がな
-中里探偵事務所-
45
次の休みの日に、彼女はやってきた。
山谷印刷社長(編集長) 山谷志乃
このように書かれた名刺をもらった。
彼女は、私がだしたコーヒーをおかわりしながら、長い長い話を始めた。それはとても面白い話だった。この話は、いまとなっては、すでに出版して、世間の好評を博したものであり、ご存知の方も多いことだろうから、ここには書かないが、おそらく読者諸氏には、あっ、あの話のことだな、とおもってもらえるのではないか。あの話は、こうして彼女からはじめて私がきいたのであった。
私は夢中になってきいた。そのうちに昼になった。彼女は、いつの間にか、キッチンで食事の用意を始めた。手を動かしながらも、話は一度も中断しなかった。そのうちに夕方になった。また、彼女は、食事の用意を始めた。話を中断しなかったのは、昼と同じである。
なにかのきっかけで、私は志乃にもらった名刺に目をやった。「山谷志乃」。なにかが私の頭にひっかかった。どうかされましたか、と志乃がきいた。いや、なんでもない、と私はこたえた。私が名刺に見入っているので、志乃は近寄って、名刺をみた。私の名刺がどうかしましたか。たいしたことじゃないのですが、あなたの名前がなんとなく気になったのです。なにか私の名前に変なところがあるかしら。そういわれると、私はますます「変なところ」があるような気がした。たしかに、名前の全体ではなく、どこか一部分が変なのかもしれない。すると、私の目は、「山谷志乃」のちょうど中央の二字に集中した。そして、「谷志」という部分が、私の頭に引っかかった本体であることがわかった。私は、志乃から電話がかかってきた日の朝、田螺を助けてやったことをおもいだして、おもわず吹きだした。志乃は笑った理由をきいた。私が志乃を傷つけるのを恐れて話さないでいると、彼女は教えてくれないとすごく気になるといって仕方ないので、私は理由を説明した。すると、彼女は、本当に私、田螺の精かもよ、と真面目な顔でいった。彼女が恐いぐらい真面目な顔をするので、私は、ひょっとして、ほんとうにそうなの? と真面目にきくと、彼女は、そんなわけないでしょ、といって、私の頭をたたいた。私は、志乃の手をつかまえて離さなかった。しばらくして私たちはベッドに移動した。
山谷印刷社長(編集長) 山谷志乃
このように書かれた名刺をもらった。
彼女は、私がだしたコーヒーをおかわりしながら、長い長い話を始めた。それはとても面白い話だった。この話は、いまとなっては、すでに出版して、世間の好評を博したものであり、ご存知の方も多いことだろうから、ここには書かないが、おそらく読者諸氏には、あっ、あの話のことだな、とおもってもらえるのではないか。あの話は、こうして彼女からはじめて私がきいたのであった。
私は夢中になってきいた。そのうちに昼になった。彼女は、いつの間にか、キッチンで食事の用意を始めた。手を動かしながらも、話は一度も中断しなかった。そのうちに夕方になった。また、彼女は、食事の用意を始めた。話を中断しなかったのは、昼と同じである。
なにかのきっかけで、私は志乃にもらった名刺に目をやった。「山谷志乃」。なにかが私の頭にひっかかった。どうかされましたか、と志乃がきいた。いや、なんでもない、と私はこたえた。私が名刺に見入っているので、志乃は近寄って、名刺をみた。私の名刺がどうかしましたか。たいしたことじゃないのですが、あなたの名前がなんとなく気になったのです。なにか私の名前に変なところがあるかしら。そういわれると、私はますます「変なところ」があるような気がした。たしかに、名前の全体ではなく、どこか一部分が変なのかもしれない。すると、私の目は、「山谷志乃」のちょうど中央の二字に集中した。そして、「谷志」という部分が、私の頭に引っかかった本体であることがわかった。私は、志乃から電話がかかってきた日の朝、田螺を助けてやったことをおもいだして、おもわず吹きだした。志乃は笑った理由をきいた。私が志乃を傷つけるのを恐れて話さないでいると、彼女は教えてくれないとすごく気になるといって仕方ないので、私は理由を説明した。すると、彼女は、本当に私、田螺の精かもよ、と真面目な顔でいった。彼女が恐いぐらい真面目な顔をするので、私は、ひょっとして、ほんとうにそうなの? と真面目にきくと、彼女は、そんなわけないでしょ、といって、私の頭をたたいた。私は、志乃の手をつかまえて離さなかった。しばらくして私たちはベッドに移動した。