烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
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 本はさらに大量に売れた。私は得意の絶頂だった。この世は自分のためにあるという思いを押しとどめるのは難しかった。出版社は、私に次作の執筆を懇願した。私もそれを望んでいた。しかし、志乃は、この前ので最後と約束したじゃない? と厳しい表情でいった。このときの私は、道理に合わないことをいうのは志乃の方だとおもった。大きなプロジェクトが動いているのである。出版社が求めているのである。世間の人々が求めているのである。その期待に応えないのは、申しわけないではないか。そう志乃にいうと、それならそうすればいいとこたえた。あなたは自分が書きたいものを書くより、たくさん売れる本が書きたいのね。私を楽しませるより、世間の人たちを楽しませたいのね。それがあなたの望みなら、それをかなえてあげるわ。最後にもう一回だけきくわ。あなたはあの本の続きを、できるだけ長い間、私からきいて、出版していきたいのね。どうなの、答えてよ、といった。私はしばらく志乃の目をみつめていたが、そのうちに、こくんと一度うなずいた。すると、彼女は何もいわずにうなずいた。そして、おもむろに口をひらき、午前二時過ぎまで、話しつづけた。
 それが、今日の出来事であった。私は、志乃が話し終えると、ベッドにはいり、熟睡した。突然の志乃の叫び声で目を覚ましてからのことは、もうすでに書いた。彼女はついに見つからなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月