烏賊がな
-中里探偵事務所-
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私は志乃が最後にしてくれた話をパソコンに入力しつづけた。休むと志乃のことを考えてしまうから、なるべく休まずに打ちつづけた。その本もよく売れた。出版社は次作をせがんだ。私は困った。続きを話してくれる彼女はもういないのだ。私は志乃の部屋にはいり、ぼうっとしていた。クローゼットをあけると、志乃が毛糸で編んだ大きな袋があった。あけてみると、かなり大きな巻き貝の殻がでてきた。私はびっくりした。もしかすると、やはり志乃はあのとき助けた田螺だったのだろうか、とそんな気もしてきた。巻き貝に耳をあててみると、潮騒が聞こえた。そのうちに潮騒になにかが混じりはじめた。聞き覚えのある優しい声だった。志乃の声だった。志乃はあの話の続きを話していた。私は最後までじっとして聞いた。話が終わると私はしばらくぼんやりとした。それから、気分が高まってきたので、一気にパソコンに入力した。そして、出版した。それもよく売れた。出版社から次作の依頼がきた。私は志乃の部屋のクローゼットから巻き貝をだして、志乃の声をきいた。そして、本を出版した。
こうして私は何冊も何冊も志乃の話を出版した。そのうちに私はある法則に気づいた。出版社に原稿を送るまでのあいだは、巻き貝は何度でも同じ話を、初めから最後までくり返す。しかし、いったん出版社に原稿を送ってしまうと、その話を巻き貝は二度としてくれない。その代わり、新しい話が聞こえてきだす。一つの話は、パソコンに入力し、校正し、編集者の手に渡すまでなら、何度でも聞くことができる。しかし、いったん編集者に渡すと、二度とその話を聞くことはできない。また、一つの話を書きおえて、編集者に渡すまでのあいだは、前の話も次の話も決して聞くことができなかった。聞くことができるのは、常に一つの話だけだった。
いったい何冊の本を出版しただろうか。もう私はだいぶ年をとっていた。もはや本をたくさん売りたいという欲求はなくなっていた。それでも私は本を出しつづけていた。本をだしたいのではなく、志乃の声をいつまでも聞いていたかったからだ。
こうして私は何冊も何冊も志乃の話を出版した。そのうちに私はある法則に気づいた。出版社に原稿を送るまでのあいだは、巻き貝は何度でも同じ話を、初めから最後までくり返す。しかし、いったん出版社に原稿を送ってしまうと、その話を巻き貝は二度としてくれない。その代わり、新しい話が聞こえてきだす。一つの話は、パソコンに入力し、校正し、編集者の手に渡すまでなら、何度でも聞くことができる。しかし、いったん編集者に渡すと、二度とその話を聞くことはできない。また、一つの話を書きおえて、編集者に渡すまでのあいだは、前の話も次の話も決して聞くことができなかった。聞くことができるのは、常に一つの話だけだった。
いったい何冊の本を出版しただろうか。もう私はだいぶ年をとっていた。もはや本をたくさん売りたいという欲求はなくなっていた。それでも私は本を出しつづけていた。本をだしたいのではなく、志乃の声をいつまでも聞いていたかったからだ。