烏賊がな
-中里探偵事務所-

探偵
prev

53

「ちょっと調べたいことがあるんですけど、インターネットを使えるコンピューターを使わせていただいてもよろしいですか」
 インターネットを使えるも使えないも、この研究室にはあるのは、陽菜が使っている学生用のコンピューターを除けば、あとは、鴻上に与えられている教員用のものしかなかった。
「じゃあ、僕のを使ってください」
「えっ、いいんですか」
 鴻上は立ちあがって、机の前までいき、引き出しをあけて、紙片を取りだした。
「これが、ログインIDとパスワードです」
「えっ、いいんですか」
 どうぞ、どうぞといって、鴻上はソファに座り、フランス革命後の世界情勢の解説にもどった。
 優果は鴻上の机に座り、ノートを広げた。シェークスピアに関して勉強したことが、びっしり書き記されていた。優果が鴻上の講義を丹念に書きとったものだ。優果がこれから作成しようとしているのは、鴻上に課されたレポートだった。もちろん、まだ正式な聴講生になっていない優果には、レポートを提出する義務があるわけもない。
 そのことについて、鴻上から何かきかれたらだいたい次のように答えようと優果は思っていた。
 講義を聴いているうちに、だんだんとシェークスピアについて自分でも調べてみたくなってきた。もしできたら、鴻上から紹介してもらったシェークスピア関連のサイトを調べながら、必要に応じて、先生に質問させてほしい。
 しかし、鴻上は何もきいてこなかった。用意した説明は、どうやら用意だけで終わりそうだった。
 優果はIDとパスワードを入力するために、鴻上から渡された紙片に目を落とした。

kougami-m
rw73wB4
ichitokakuaida

 kougami-mがIDで、rw73wB4がパスワードだろうと判断した優果は、一字一字たしかめながら、慎重に入力した。エンター・キーを押すと、パソコンが立ちあがった。
「大丈夫? 立ちあがった?」
 陽菜の前に座っている鴻上が優果に顔を向けて、そうきいた。
 優果は、にっこり笑顔で答えた。
「ええ、無事立ちあがりました。ありがとうございます」
 すぐに鴻上は陽菜の相手にもどった。
 優果はUSBメモリをさし、レポートのファイルをひらいた。そして、ノートを見ながら、打ち込みを始めた。不明な点がでてきたので、ネット検索をした。シェークスピア関係のサイトをひらいた。調べたことをレポート作成に使った。鴻上は陽菜との話に集中していて、こちらにはいっこうに来る気配がない。優果は別のタブにヤフーのホームページをひらいた。イギリス文学と打ちこんで、エンターを押した。あるイギリス文学のホームページがでてきた。そのサイトは、レポート作成には不要だった。彼女の目的は、もちろん履歴を調べることだった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 烏賊がな-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2017年9月