烏賊がな
-中里探偵事務所-
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場面43
ひとさらいが我々の不用心なたましいに忍びこむ手口を説明する話はいくつもあった。別役実
『馬に乗った丹下左膳』
暖房のよくきいた部屋にミルクティーのいい匂いが広がった。カップを運んできた陽菜が布張りのソファの優果の隣に腰かけた。テーブルの上にはノートパソコンが開いていた。
「栃木県のリサイクルショップですね」
「あら、佐野だわ」
「佐野って、大塚さんのご実家があるところなんですか」
「いいえ、私は足利なんですけど、佐野は隣の市なんですよ」
優果は陽菜にお礼を言いながらカップを持ちあげた。チーズケーキとミルクティーが合う。このチーズケーキも陽菜の手作りだった。お菓子作りが上手であるとほめると、しばらく陽菜は作り方について話した。それから、佐野のリサイクルショップのサイトを時間をかけて調べた。会員のページもあるのだが、鴻上のユーザーIDとパスワードを入れても開かなかった。
「先生から手渡されたものなんですけど、だめですね」
陽菜は優果がエクセルファイルに入力したIDとパスワードをじっと見つめた。
kougami-m
rw73wB4
ichitokakuaida
「kougami-mがIDで、rw73wB4とichitokakuaidaがパスワードだと思ったんですけど、どっちのパスワードを入れてもだめですよね」
「ichitokakuaidaって、もしかしたらパスワードじゃなくってヒントですかね」
陽菜の言葉に勇気を得て、優果はいろいろなパスワードを試してみた。
筆で「一」と書く間、最後まで集中するということで、「shuuchuu」「syuucyuu」「syhuutyuu」「shuchu」「syucyu」「syhutyu」と入れてみたが、どれもだめだった。
「一」と書く間だから、真ん中ということで、「mannaka」「chuou」、それからこの二つのスペル違いをあれこれ試す。どれもだめであった。英語の「center」「middle」もだめだった。陽菜が「center」はイギリス英語では「centre」だと言うので、それも試すがだめだった。