烏賊がな
-中里探偵事務所-
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場面48
『あたしは清い娘なのよ、そんなことできませんわ』フォークナー
『サンクチュアリ』
栃木県警捜査一課の山脇繁紀巡査長の席へ高柳和彦警部補が近寄った。
山脇の目はパソコンの画面を見つめ、山脇の手はキーボードをたたいていた。
空いていた山脇の隣の席に腰を下ろすと、高柳は大きなマグカップに入っているコーヒーをすすった。
「どうだい。鴻上のページにログインできそうかい」
「いやあ、だめですねえ」
「やっぱり、だめか」
ドアが開き、しかめ面をした皆川茂彦巡査長が無表情の田部井亜沙子巡査部長と入ってきた。
「取り調べはうまくいってないようだな」
高柳はコーヒーをすすった。
足利署交通課の皆川巡査長は、一連の事件の捜査に重要な役割を果たしたとして、高柳の特別な処遇により、一時的に栃木県警捜査一課の捜査チームに加わっていた。交通課から捜査一課に移籍したいという希望を持っている皆川は、ここでなんとしても手柄を立てておきたいところだが、現実は彼の思うようには運んでいない。
「やつは何と言っておるんだ」
田部井巡査部長が簡潔かつ明快に説明した。
「知人から仕事を紹介するサイトを教えてもらい、何でも屋稼業になったそうです。サイトの彼のページにログインすると、依頼があるかどうかわかる仕組みになっていて、「依頼を引き受ける」にクリックすると、彼のメールにワンタイムパスワードが届くそうです。そのパスワードをサイトのマイページに入力すると、依頼内容と報酬が初めてわかる仕組みになっているそうです。その時点で依頼を引き受けるかどうか最終的に決められるそうです」
「で、依頼主もわからないし、オールドマーケットなんて店は一度も行ったことがないし、だいいち知りもしないというわけか」
「そ、そのとおりです。申し訳ありません」
亜沙子は面目なさそうに言った。