ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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 ページをめくっていた明貞が、例のページを広げて、テーブルに置いた。

 それから、夏の鴨川(かもがは)の納凉(なふりやう)が一寸面白い。舞子(まひこ)などをつれて、そこに出かけて行くと變つた感じが味はれる。晝間(ひるま)見ると、何んだこんなところで凉(すず)みをするのかと思はれるやうなところだが、夜になると、中々趣(おもむき)に富でゐる。電氣(でんき)がキラ\/する。灯がチラ\/と川に映つて流れる。凉臺(すずみだい)に腰をかけて、足を水に浸(ひた)して、空を見てゐる感じなどは東京(とうきやう)では一寸味はれないものだ。

「晝間見ると、何んだこんなと……」
 明貞が読むと、譲がそれを遮るようにして、言う。
「そう、昼間だよ!」
「何のことですか」
 田中がきいた。
 事件の関係で、パスワードを解読していることを、譲は簡潔に説明した。
「なるほど。ヒントがichitokakuaidaなんですね」
「そうか。「一」と「書」で「昼」、それに「間」を付けると、「昼間」だ」
 明貞は、『田山花袋の日本一周』の鴨川の納涼の場面を凝視していた。
「だからこのページに目が留まったんだな。ユズの視界に入った「晝間」という文字が「いちとかくあいだ」とユズの脳のどこかで認識したんじゃないかな」
「きっと潜在意識ってやつが認識したんじゃないかな」
「そうだ。潜在意識だ」
 二人は顔を見合わせて、にやりと笑った。田中には二人がなぜ笑っているのかわからなかった。
「では、私は厨房に戻ります」
 出口でお辞儀をする田中に、二人は挨拶を返した。
 譲はスマホをかばんから出して、電話を掛けた。携帯は留守電だった。譲は職場の電話に掛け直した。それだけ急を要することだった。電話に出た相手は取り次ぐために多少手間取っていたが、待つのが嫌になるほどではなかった。
「……山脇さんですか。……田部井です。……パスワードが解けたかもしれません……」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月