ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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場面55

「ああ、了解、フリーマントル、きこえるぞ」
「ええと、こちらにはボローニャがあるぞ、ヒューストン。ボローニャ、問題なし。きこえるか?」
「了解、フリーマントル。そちらの声は、雑音もなく明瞭にきこえる。現在のマヨネーズ情況は?」
マヨネーズ情況も問題なし。
スティーヴン・キング
『悪霊の島』

 宇都宮の空は雪雲みたいな雲で覆われていた。官庁街の高層建築の窓からその雲を眺めた山脇は、遠い神戸にいる仲間の身をそっと案じた。そのとき山脇を呼ぶ声がした。女性の声だった。しかし、田部井巡査部長のはずはなかった。女性の事務職員だった。電話は田部井巡査部長の夫からであった。知的で冷静な山脇の細い目が、急に広がった。
「……本当ですか! ……ちょっと、待ってください。今、インターネットを立ち上げます。……はい、お待たせしました。オールドマーケットのログイン画面を開きました……IDはkougami-mでいいでしょうかね。というか、それしかわかりませんからね。……ええ、そうですね。同じ紙に書いてあるから、たぶん同じIDでしょうね」
 山脇と譲が確かめ合っているのは、もちろん優果が鴻上から手渡されたIDとパスワードのことである。山脇は優果からのメールに添付されていたエクセルファイルを立ち上げてあったが、それをもう一度確かめた。

kougami-m
rw73wB4
ichitokakuaida

「IDにkougami-mを入れて、パスワードにrw73wB4を入れると、鴻上のノートが開くことは、すでに大塚さんが確認済みですよね。そして、同じIDを使って、パスワードにichitokakuaidaを入れてみるというのは、オールドマーケットのログイン画面で、大塚さんが試しています。ichitokakuaidaから類推される十何パターンの文字列も試されたようですが、うまくいかなかったそうですね。もちろん私もいろいろ試しましたが、だめでした。……なるほど、〈一と書く〉が旧字の昼になるんですか。ほう、それは知りませんでした。……ははあ、それと〈間〉で〈昼間〉ですか。……どうしましょう? 小文字のみでいってみますか。hirumaでいいですね。じゃあ、エンターします。……あれ、だめですね。……あー、すみません。jirumaと打ってしまったかもしれません。……もう一度行きます。……だめかあ。……いやあ、また打ち間違えたかなあ。どうしますかね。このサイト、生意気にも三回ミスると受け付けなくなるんですよ。パスワードクラック対策しているんです。そうでなければ、こちらにもいろいろとやりようがありますから、もっと早く入れたと思うんですが、三回しか試せないとなると、やはり厳しいですからねえ。……IDですか。……間違いないと思うんですが、……あー! すみません。kougami-mのハイフンがアンダーバーになっていました。これを修正して、もう一度試してみます。……おっ! 入った! 入りましたよ! 譲さん、入れました! hirumaで正解です。本当にお見事です。……えっ? 田中さんとご友人のおかげですって……はあ、そうですか。とにかく、これでまた、新たな展望が開けそうです。また、ちょっとしたことでもわかったことが出てきたらすぐにご連絡しますので、申し訳ありませんが、そちらで待機していてください」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月