ツェねずみ
-中里探偵事務所-
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場面58
Anatole France の書いたものの中に、難船に逢つた船頭が、海に背中を露はしてゐる鯨に騎(の)つて、鯨の背の上で博奕(ばくち)を始めたといふ話があつた。森鴎外
『金貨』
朝から小雨が降っていた。
山野聡子のアパートを出て、セブンイレブンまで歩く。セブンイレブンで菓子や飲み物を買っていると、鴻上が声を掛けた。
「これも買っていこうか」
赤と白のワインだった。
「ここは、いいワインを置いているんですよ」
「でも、先生、飲んだら運転はどうするんですか」
「泊まっちゃえばいいよ」
優果は、あまり困っていない表情で苦情を言った。
「だめですよ、先生。でも、なんでコンビニなのにワインがこんなにあるんですか」
「ここは昔、酒屋だったんだよ。その名残じゃないかな」
「へえー、そういうこともあるんですね」
ワインやチーズ、スナックなどが、かごにいっぱいになった。
「先生、ワインとチーズとハムはやめた方がいいんじゃないですか」
レジ前の列に並ぶと、優果が言った。
「どうして」
「だって、車の中には冷蔵庫がないじゃないですか」
「こんなこともあろうかと思って、クーラーボックスを持ってきたんだよ」
優果は困ったことをする男をとがめるともかわいらしく笑うともつかない言い方をした。
「もう、先生ったら」
車のエンジンをかけると、鴻上が言った。
「実はイオンの駐車場で根本君を乗せなくちゃならないんだよ」
「えっ!」
これは演技ではなく、本当に驚いた。
「ごめん、ごめん。彼女、昨日になって急に卒論の指導を求めてきてね。どうしても今日中に結論を出したいことがあるからって言い張るから、こんなむちゃくちゃな形になってしまって、申し訳ない」
「いえ、いいんですけど、少しだけ驚きました。でも、人数が多い方が楽しいですよね」
「そう言ってもらえるとうれしいよ」