ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
prev

15

(所長は陽菜の話をドラマのようだと言った。つまり、嘘くさいということだ。作り話だということだ。では、なぜ陽菜が話を作ったと所長は考えたのだろうか。……それは疑われないためだ。誰にどんなことを疑われないためか。もちろん、優果に陽菜と鴻上の関係について疑われないためにだ。事実、私は陽菜の話を聞いて、鴻上との関係を疑わなくなった。鴻上に恨みを抱いているという陽菜の言葉を信じて、陽菜が鴻上の犯罪を暴き立てようと計画していることについて、惜しまずに協力してきた。でも、ここでまた陽菜を疑うことについて疑問を感じる点があるような気がする。だって、二人が親密な関係なのであれば、鴻上の犯罪が解明されたら、協力してきた優果に秘密を握られてしまうことになるかもしれないではないか。そんな危険を冒すだろうか?)
 毛糸をほどくのを手伝う優果の両手には毛糸がぐるぐると巻きついていた。器用な陽菜はその毛糸の量を見る間に増やしていった。
(それとも……危険を冒してでも優果に秘密を握らせるメリットがあるのだろうか。)
 優果は思考をめぐらせた。
(なんだ、答えは思いのほか簡単だった。優果との関係を密接にできるというメリットだ。……では、優果との関係を密接にすることがなぜメリットなのか。……それも簡単だ。優果という人物を理解できるからである。)
 優果はもっと深く理解するために、二人の会話を想像してみた。
(大塚優果という人物はなぜ突然神戸大学にやってきて、鴻上教授の聴講生になったのか。純粋な目的であることがはっきりすれば安心である。不純な――もちろん二人にとって不純な目的である可能性が少しでもあれば、それなりの対応をしなければならない。大塚優果は純粋な単独行動ではないかもしれない。つまり、誰かが大塚優果を使っているのかもしれない。もう一つ気になるのは大塚優果が栃木県から来たということである。それらの謎を解くのには、大塚優果に接近し、協力者になってもらい、状況によっては秘密を握らせるのが、手っ取り早いのだ。実際にそうなれば、大塚優果のしっぽをつかめる可能性が高いし、背後にどんな人物が存在するのかわかるかもしれない。それがわかった時点で、いくらでも大塚優果の始末をつければいい。たとえば、ドライブに誘って、人気のない山中に埋めてしまうとか。)
 優果の思考は果てしなく悪い方向へ向かった。自分でもやり過ぎだなと思って、思わず声を立てて笑いそうになるのをこらえて、また両手にぐるぐる巻きついている毛糸に目が行った。陽菜の編んでいたセーターは、ほどく前は三分の二ぐらい仕上がっていたが、今ではもう四分の一も残っていなかった。
(そんなにはじめの頃からずれていたのだろうか。こんなに両手にぐるぐる毛糸が巻きついたのでは、簡単に二人の囚われになってしまいそうだ。)
 優果は笑いたい気分が消えてなくなっているのを自覚した。悪い思考が気分に影響を与えたみたいだった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月