ツェねずみ
-中里探偵事務所-

16
所長に反発を覚えて、むきになって自分の考えで行動したことが、だんだん不安に思えてきた。
(感情や欲望から遠ざかるところで判断することが大切なのだ。徳川家康みたいに。所長みたいに。所長はいつも冷静だ。そうだ! 所長は何かそういうことを言っていた。何だっけ? 徳川家康みたいに行動しなさいだっけ? いや、そうじゃない。たしかに家康のエピソードも話してくれたけど、そういうことじゃなくて、もっと私の仕事に直接関係あることだ。そうだ! 思い出した。)
「あなたは私にできるだけの情報を伝えておいてほしい。どうでもいいような情報でも、違う場面で違う視点が見えてきたとき、ぴたっとはまることもある。それに、あなたがそうすることによって、私があなたにしてあげられることが増える。あなたは仕事をしながら困った事態にも遭遇するかもしれない。しかし、そのときは、あなたが伝えてくれた情報に従って私も動くことができるかもしれない。だから、あなたは、一人で不安になったときでも、私の存在を意識して、絶対にあきらめないでほしい。もし、私に自分の居場所を伝えるなどの努力ができるのなら、知恵をめぐらせてほしい。それから、私は、その方が適していると考えた場合は、あなたに私の方針の一部をあえて伏せておくことがあるかもしれない。だから、私の指示がなくてどんな行動を取ればいいかわからないこともあるかもしれないが、そのときは、また、今の私の言葉を思い出してみてほしい」
そんなことを言ったのだ。彼女は、少し気持ちが強くなった。
(そうだ! 所長は全部言わないのだ。一見、所長の言う「できるだけの情報を伝えておいてほしい」と矛盾するようだけど、決して矛盾してない。作戦の都合上適しているときは方針の一部を伏せる。ということは、できるだけの情報しか伝えることはできないのである。だから、矛盾してない。私は、今、所長に反発心を持って、行動している。だから、所長は、私の反抗心をさらにあおって、作戦そのものに支障をきたすような原因となりうる情報は伝えないであろう。たとえば、鴻上と陽菜が実は交際しているという証拠をつかんだとしても私には教えないであろう。いや、証拠があれば、この事件は解決するのだから、証拠ではない。ということは、証拠のレベルとは言えないけど、二人を疑うに足る何かをつかんでいるのかもしれない。何だろう? 何だろう? 何だろう?)
優果は思考に集中した。何かを思い出しそうだった。しかし、鴻上の流すジャズの音が邪魔をした。
(感情や欲望から遠ざかるところで判断することが大切なのだ。徳川家康みたいに。所長みたいに。所長はいつも冷静だ。そうだ! 所長は何かそういうことを言っていた。何だっけ? 徳川家康みたいに行動しなさいだっけ? いや、そうじゃない。たしかに家康のエピソードも話してくれたけど、そういうことじゃなくて、もっと私の仕事に直接関係あることだ。そうだ! 思い出した。)
「あなたは私にできるだけの情報を伝えておいてほしい。どうでもいいような情報でも、違う場面で違う視点が見えてきたとき、ぴたっとはまることもある。それに、あなたがそうすることによって、私があなたにしてあげられることが増える。あなたは仕事をしながら困った事態にも遭遇するかもしれない。しかし、そのときは、あなたが伝えてくれた情報に従って私も動くことができるかもしれない。だから、あなたは、一人で不安になったときでも、私の存在を意識して、絶対にあきらめないでほしい。もし、私に自分の居場所を伝えるなどの努力ができるのなら、知恵をめぐらせてほしい。それから、私は、その方が適していると考えた場合は、あなたに私の方針の一部をあえて伏せておくことがあるかもしれない。だから、私の指示がなくてどんな行動を取ればいいかわからないこともあるかもしれないが、そのときは、また、今の私の言葉を思い出してみてほしい」
そんなことを言ったのだ。彼女は、少し気持ちが強くなった。
(そうだ! 所長は全部言わないのだ。一見、所長の言う「できるだけの情報を伝えておいてほしい」と矛盾するようだけど、決して矛盾してない。作戦の都合上適しているときは方針の一部を伏せる。ということは、できるだけの情報しか伝えることはできないのである。だから、矛盾してない。私は、今、所長に反発心を持って、行動している。だから、所長は、私の反抗心をさらにあおって、作戦そのものに支障をきたすような原因となりうる情報は伝えないであろう。たとえば、鴻上と陽菜が実は交際しているという証拠をつかんだとしても私には教えないであろう。いや、証拠があれば、この事件は解決するのだから、証拠ではない。ということは、証拠のレベルとは言えないけど、二人を疑うに足る何かをつかんでいるのかもしれない。何だろう? 何だろう? 何だろう?)
優果は思考に集中した。何かを思い出しそうだった。しかし、鴻上の流すジャズの音が邪魔をした。