ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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場面62

快い涙が目のふちをぬらしてくる。こんなにらくに、久しいあいだ味わえなかった最も幸福な瞬間をいま見いだすことができた。
スタンダール
『パルムの僧院』

 サンマルクカフェ元町東店の気のきいたアルバイトの店員が店長に何気なく言った。
「店長、こんなとき平井さんがいればハードディスクの場所がわかるかもしれませんね」
「野村さん、それだよ。平井さんにきけばきっとわかるよ」
「じゃ、私が電話しましょうか」
「頼む」
 書類を移動させて棚の奥を見ていた皆川が書類を一束持ったまま二人に近づいた。
「誰にきけばわかるって?」
「いえ、今日休みを取っている平井というアルバイトの子なんですけど、コンピューターとかに強いので、ハードディスクの管理も任せていたんですよ」
 店長が説明している途中で皆川は怒り出した。
「何でそんな大切なことを忘れていたんですか」
 店長が謝っているとき、野村と呼ばれた気のきく店員が、スマホを耳に当てたまま、うれしそうな声をあげて、二人を見た。
「なるほど、それじゃあ、古いハードディスクは本社で保管しているんですね」
 皆川と店長は野村を見た。事務室の隅の方を探していた制服警官やほかの店員も近寄ってきた。
「本社に行けば撮影した動画を見られるんじゃないかということです」
 野村が平井から聞いたことを一同に説明した。説明を一通り聞き、本社に連絡を取り、本部に報告すると、皆川と制服警官はただちに本社に向かった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月