ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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場面64

哲学は到る所から生(は)えていく。
横光利一
『上海』

 サンマルクカフェの本社は岡山にあった。高速で二時間はかかる。
 制服警官はサイレンを鳴らしながら一三〇キロで飛ばした。しかし、皆川にはまだそれが気に入らなかった。
「一五〇キロ出せば、一時間で着くだろ。何で、こんなゆっくり走ってるんだよ」
「そんなに出したら、危険ですよ」
「お前、状況がわかってるか! 早く根本の顔を特定しなけりゃ、大塚優果が危険なんだよ!」
「それはわかってますが、これ以上スピードを出して、もし事故でも起こしたら、岡山に着くのは余計に遅くなります。それに民間人も同乗しているんですから、そちらの安全も考慮する必要があります」
「事故ぐらいなんだ。そんなことはあとでどうにでもすればいいだろう。大事のときに小事は顧みず、だ。俺が責任を取る」
「そんな言葉聞いたことがありませんよ」
「そうか? ほら、高校のとき漢文で習わなかったか」
 後ろから野村の声がした。
「習いました。司馬遷の『史記』で樊(はん)かいが言った言葉です。『大行は細謹を顧みず』だったかな」
「そうだ、サイキンは顧みず、だぞ」
「でも、今、マスコミもうるさいですからね」
「おい、俺が運転するから、パトカーを停めろ!」
「高柳警部補から命令されているので、それもだめです」
「警部補が何て命令したんだ」
「もし、皆川巡査長に運転を代わるように言われたら、高柳警部補の許可を得るようにとのことでした」
「ちくしょう!」
 皆川は腕組みをして、ヘッドレストに頭をもたせかけた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月