ツェねずみ
-中里探偵事務所-

探偵
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場面66

星のいちばんいいところは、いまでも変わっていないということだ。
リチャード・マシスン
『縮みゆく男』

 吉備スマートで山陽自動車道を降りて岡山西バイパスを南下する。サンマルクホールディングスの本社ビルに到着する。ビルの中に入り、本社の社員と簡単な挨拶を交わす。動画を見るための準備がすでに完了している部屋に通される。動画が映し出される。
 パソコンの画面を見つめているのは、主に男二人と女一人だった。男は皆川と制服警官であった。女は、サンマルクカフェ元町東店の気のきいたアルバイトの店員の野村だった。さすが気のきいたアルバイト店員である。彼女の方から「私も一緒に行きましょうか」と提案してきたのである。いつもの皆川だったら即座に断っただろうが、今日は違った。野村が非常に役立つということを既に学習済みだったので、すんなりとその提案を受け入れた。というより、「お願いしたいのはこちらの方です」と実際に皆川が口に出すほどに、野村の存在は頼もしかったのであった。この皆川の判断は吉と出た。なぜなら、探している二人の男女は、トレードマークのついたトレーナーの上からブルゾンを羽織り、動画だけでは特定できなかったからである。しかも、男はサングラスをしていたし、女は顔が見えにくい髪型をしていたから、動画で顔を認識するのは、かなり難しかった。この用心深さは敵ながら天晴れであると皆川は思った。おそらくカメラの視覚となる席についたあとでブルゾンを脱ぎ、トレードマークが認識できるようにしたのであろう。彼らにとって不幸なことは、二人の席に注文を取りにいった店員が野村だったということであった。野村は二人を覚えていた。皆川が見せた写真を見ると、より鮮明にそのときの記憶が戻ったようであった。皆川は二人が入店してから立ち去るまでの時間帯を切り取ってコピーし、捜査本部に送った。本部では間髪を入れずに女が陽菜であることを同定し、亜沙子に彼女を逮捕するよう命令した。
 野村は、伊勢まで同行したいと申し出た。驚いたことに皆川はこれも拒絶しなかった。一つには、彼女を神戸の店に送り届ける時間が惜しかったからだ。一つには、彼女がいることによって、容疑者逮捕を実現する際に、多くのメリットがあるような気がしたからだ。彼女はそれぐらい気の付く女だった。もちろんデメリットもないではないが、それは捜査本部にいる高柳警部補がどうにでもしてくれるような気がしたのであった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 ツェねずみ-中里探偵事務所-
◆ 執筆年 2019年3月