ツェねずみ
-中里探偵事務所-

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しかし、応援はすぐに来た。十台ぐらい駐車場に入ってきた。救急車も三台来た。亜沙子の説明を聞いた高柳が、救急救命士に命じ、大塚優果を連れていかせた。皆川はまだ到着していなかった。救急救命士が優果を救急車に移すため、軽自動車の助手席側のドアを開けると、兵庫県警の警察官が雪まみれの鴻上を連れてきた。鴻上は大声で無罪を主張していた。無罪を主張するだけでなく、自分も被害者だと訴えていた。その哀訴はなかなか論理的であった。すっかり弱っていたように見えた陽菜は、それを聞いた途端に、後ろ手に手錠をはめられたまま、体を浮かせ、運転手席の座席にもたれかかったかと思うと、外を通り過ぎようとする鴻上をすごい目でにらみ、負けじと反論を展開し始めた。
「何言ってるのよ。先生は、いつも私にいやな役目を押し付けるんじゃない! いったい、誰のお陰で今日まで無事に大学教授を続けられたと思ってるのよ!」
それを聞いた鴻上は、雪まみれの髪を乱れさせて、助手席側のドアから車内をのぞき込んだ。
「お前だ、お前のせいだ! だいたいお前が恵利を殺させようなんて思い付かなければ、こんなことにはならなかったんだぞ」
「何言ってるのよ。あなたが悪いんでしょ。あなたは私が何でも親切にしてあげるからって、調子づいて、いろいろなことを頼み始めたんでしょ。挙げ句の果てには私の体まで求めてきて。私、奥さんがいるうちはいやだって言ったのに、もうすぐ別れることになっているからって、強引に私を奪ったのよ。でも、なかなか奥さんとは別れないし、そのうちに私とのことに気付いた恵利が、堕ろした子供のことで慰謝料を請求するなんて言ってくるし、あなたがそうやって、女に対して見境がないから、問題が次から次へと持ち上がるんじゃない。仕舞いには、潜入捜査している女にまで手を出そうとして、このざまじゃない」
「何言ってるんだ。妻との別れ話はちゃんと進んでいるじゃないか。恵利のことだって違う解決の仕方を考えていたんだ。ネットで殺し屋なんかを探してきたのはお前だぞ。俺は最後まで反対していたじゃないか。お前が、会うだけだからって言って、勝手に会いに行って、殺し屋と話をして、勝手に話をつけちゃったんじゃないか」
「何言ってるのよ。その報告をしても、あなたはやっぱり断れとは言わなかったじゃない。あの時、断ろうと思えばいくらでも断れたのよ。私は何遍もそう言ったじゃない。つまり、あなたは恵利を殺させたかったってことよ。自分がそれを決定したのではなくて、自分の知らないうちにそうなってしまった、っていうふうにしたいだけなんでしょ。あなたはいつもそうなのよ。自分の手を汚さずに、いやな役目は全部私にさせるんだから」
二人が言い合っている途中で兵庫県警の警察官が鴻上を歩かせようとしたが、高柳警部補は二人に好きなだけしゃべらせておけと命じた。高柳は神戸警察署の伊藤巡査長に目配せしたが、抜かりのない彼女は到着したときからすでにボイスレコーダーを回していた。
田部井譲が亜沙子に近づき、雪を払ってやり、ジャンパーを掛けてやった。
「あの男、本当にいやなやつね」
亜沙子が小声で言うと、譲はうなずいた。
「ツェねずみみたいだ」
「ツェねずみ?」
譲が説明しようとした時、鴻上も陽菜ももう何も言わなくなったので、兵庫県警の警察官が鴻上をパトカーに乗せた。別の警察官が別のパトカーに陽菜を乗せた。途端に、サイレンをワンワン響かせて、パトカーが雪原のようになった駐車場を滑るように走り出した。救急車も動き出した。高柳が、現場の後片付けをする警察官以外は神戸警察署へ移動するよう命じたので、亜沙子は軽自動車に乗り込んだ。譲もシルバーのアウディに乗って、ワイパーを動かした。
「何言ってるのよ。先生は、いつも私にいやな役目を押し付けるんじゃない! いったい、誰のお陰で今日まで無事に大学教授を続けられたと思ってるのよ!」
それを聞いた鴻上は、雪まみれの髪を乱れさせて、助手席側のドアから車内をのぞき込んだ。
「お前だ、お前のせいだ! だいたいお前が恵利を殺させようなんて思い付かなければ、こんなことにはならなかったんだぞ」
「何言ってるのよ。あなたが悪いんでしょ。あなたは私が何でも親切にしてあげるからって、調子づいて、いろいろなことを頼み始めたんでしょ。挙げ句の果てには私の体まで求めてきて。私、奥さんがいるうちはいやだって言ったのに、もうすぐ別れることになっているからって、強引に私を奪ったのよ。でも、なかなか奥さんとは別れないし、そのうちに私とのことに気付いた恵利が、堕ろした子供のことで慰謝料を請求するなんて言ってくるし、あなたがそうやって、女に対して見境がないから、問題が次から次へと持ち上がるんじゃない。仕舞いには、潜入捜査している女にまで手を出そうとして、このざまじゃない」
「何言ってるんだ。妻との別れ話はちゃんと進んでいるじゃないか。恵利のことだって違う解決の仕方を考えていたんだ。ネットで殺し屋なんかを探してきたのはお前だぞ。俺は最後まで反対していたじゃないか。お前が、会うだけだからって言って、勝手に会いに行って、殺し屋と話をして、勝手に話をつけちゃったんじゃないか」
「何言ってるのよ。その報告をしても、あなたはやっぱり断れとは言わなかったじゃない。あの時、断ろうと思えばいくらでも断れたのよ。私は何遍もそう言ったじゃない。つまり、あなたは恵利を殺させたかったってことよ。自分がそれを決定したのではなくて、自分の知らないうちにそうなってしまった、っていうふうにしたいだけなんでしょ。あなたはいつもそうなのよ。自分の手を汚さずに、いやな役目は全部私にさせるんだから」
二人が言い合っている途中で兵庫県警の警察官が鴻上を歩かせようとしたが、高柳警部補は二人に好きなだけしゃべらせておけと命じた。高柳は神戸警察署の伊藤巡査長に目配せしたが、抜かりのない彼女は到着したときからすでにボイスレコーダーを回していた。
田部井譲が亜沙子に近づき、雪を払ってやり、ジャンパーを掛けてやった。
「あの男、本当にいやなやつね」
亜沙子が小声で言うと、譲はうなずいた。
「ツェねずみみたいだ」
「ツェねずみ?」
譲が説明しようとした時、鴻上も陽菜ももう何も言わなくなったので、兵庫県警の警察官が鴻上をパトカーに乗せた。別の警察官が別のパトカーに陽菜を乗せた。途端に、サイレンをワンワン響かせて、パトカーが雪原のようになった駐車場を滑るように走り出した。救急車も動き出した。高柳が、現場の後片付けをする警察官以外は神戸警察署へ移動するよう命じたので、亜沙子は軽自動車に乗り込んだ。譲もシルバーのアウディに乗って、ワイパーを動かした。