ツェねずみ
-中里探偵事務所-

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場面73
物の理(ことわり)を知ると、知るが如(ごと)くなすとは、道異(こと)なり。無住
『沙石集』
森鴎外翻訳クニッゲ「交際法」による、宮沢賢治
「ツェねずみ」の「交際法」の考察または診断
片岡明貞
ツェねずみの対人関係法については一度考察しておかねばならないと常々その必要性を痛感していたのであるが、なかなかその機会がなかった。ところが、先般森鴎外翻訳クニッゲの「交際法」をたまたま入手し、これがツェねずみの考察には極めて有用であると考えたので、この度思い切って書いてみることにした。
ところで、かのツェねずみについては、すでに読者諸兄も承知しているところであろうことなので、今更くだくだしく説明するのも甚だおこがましくはあるのだが、ツェねずみたるものを知る機会が残念ながらいまだに得られなかったという読者諸兄もないとは限らないので、まずは標記ねずみの概要だけをざっとごく簡明に述べておきたい。
ツェねずみはある日いたちから、自分のすみかの金平糖が盗み出されていることを知らされる。ツェねずみがすみかに戻ってみると、果たして我が家は蟻の大軍に占拠されており、しかもツェねずみは、その蟻たちを追い払うどころか、逆に蟻たちから追い払われてしまう。そこで、ツェねずみはいたちに八つ当たりをし、その挙げ句、いたちとの交際は永遠に絶たれてしまうである。
こんな具合にツェねずみは、他者が親切で言ってくれたのに、それを災難に遭遇する原因とみなし、かえって親切にしてくれた相手を逆恨みするという、甚だ困った性格の持ち主である。したがって、そのうちに、すべての生き物から相手にされなくなる。すると、今度は柱やちりとり、バケツといった無生物たちと交流するようになるのだが、結局はやはり、同じような結果に終わるのである。
このツェねずみが最後に交際したのは、ねずみ取りであった。このねずみ取りは、非常に寛大な人物だったので、純粋な好意から人間の仕掛けた餌を取らせ、決して閉じ込めるような真似はしなかったのである。ところが、ツェねずみは次第に図に乗ってきて、餌がうまくないだの何だのと文句を並べ始めた。そうなると、さすがに寛大なねずみ取りといえども、怒りをこらえることができなくなった。そして、とうとうねずみ取りはツェねずみを閉じ込めてしまうのであった。