世界の街角から
(インド編)

8
ラクシュミーはナーラーヤン(ヴィシュヌ神)の妻である。日本では吉祥天の名で知られている。
ブラフマンの肖像はないと前回書いたが、実は真中がブラフマン、右側がヴィシュヌ、左側がシヴァ、というのはある。私はとっさに阿修羅を思い浮かべ、チョーハンさんに言った。
「チョーハンさん、日本にはこれと同じような像があって、阿修羅っていうんですよ」
すると、チョーハンさんはびっくりしてききかえした。
「阿修羅? ほんとに阿修羅? 阿修羅っていうのは、インドでは悪魔のことだよ」
たしかにインドにはアスラという悪魔がいる。私にはそれが、奈良の興福寺にある阿修羅像とどういう関係にあるのかわからない。
チョーハンさんの説明で印象に残ったのは、カーリーの話。
悪魔と戦ったとき神々は劣勢になった。そこで、ヴィシュヌの妻カーリーに神々の力を結集させて悪魔に向わせれば勝てるというブラフマンのお告げに従い、神々はすべての力をカーリーに注入した。悪魔は負傷させても、血が地面に落ちるとそこから新しく生えてくる。首を切ってもそのままにしておくと、もと通りに蘇生してしまう。きりがないのだ。そこでカーリーは殺した悪魔の首を数珠つなぎにし、その血を飲み干した。そうしてとうとう悪魔を全滅させた。そこまではよかったが、血の味を覚えたカーリーは悪魔を滅ぼしたあとも血を求めるようになり、人間にまで手を出すようになった。カーリーをもとに戻そうにも、すべての力をカーリーに与えてしまった神々にはどうすることもできない。そこでまたブラフマンに相談すると、夫のヴィシュヌを横たえておいて、カーリーに踏ませるようにするといいと指示される。ヒンディーの世界では、妻が夫を足で触ると地獄に落ちると言われているから、夫を踏めばカーリーがショックで目覚めるという作戦なのである。作戦どおりカーリーはヴィシュヌを踏む。ショックのあまりカーリーは舌を出し、そのまま引っ込まなくなってしまった。肖像画のカーリーが舌を出しているのはそのためである。
そのあと、フマユーン廟に訪れた。しかしここはイスラム建築なのでチョーハンさんは中まで案内してくれない。もちろんフマユーン廟の由来や建築様式については詳しく説明してくれた。タージマハルより古い建築であることを強調していたところが、デリーっ子のチョーハンさんらしい。フマユーン廟自体は飾りであり、本当の墓は地下にあるということだ。飾り彫があるのが男性のもので、小さくてつるつるしたのが女性のものだそうだ。
廟がよく見える大きな門まで歩いている途中で、チョーハンさんがアショーカの木を教えてくれた。「無憂樹」と漢字で書き、柳に似た木である。『ラーマーヤナ』によく出てくる。そう言うとチョーハンさんは、ラーマの妻シーターがアショーカの下で憩う話をしてくれる。
ブラフマンの肖像はないと前回書いたが、実は真中がブラフマン、右側がヴィシュヌ、左側がシヴァ、というのはある。私はとっさに阿修羅を思い浮かべ、チョーハンさんに言った。
「チョーハンさん、日本にはこれと同じような像があって、阿修羅っていうんですよ」
すると、チョーハンさんはびっくりしてききかえした。
「阿修羅? ほんとに阿修羅? 阿修羅っていうのは、インドでは悪魔のことだよ」
たしかにインドにはアスラという悪魔がいる。私にはそれが、奈良の興福寺にある阿修羅像とどういう関係にあるのかわからない。
チョーハンさんの説明で印象に残ったのは、カーリーの話。
悪魔と戦ったとき神々は劣勢になった。そこで、ヴィシュヌの妻カーリーに神々の力を結集させて悪魔に向わせれば勝てるというブラフマンのお告げに従い、神々はすべての力をカーリーに注入した。悪魔は負傷させても、血が地面に落ちるとそこから新しく生えてくる。首を切ってもそのままにしておくと、もと通りに蘇生してしまう。きりがないのだ。そこでカーリーは殺した悪魔の首を数珠つなぎにし、その血を飲み干した。そうしてとうとう悪魔を全滅させた。そこまではよかったが、血の味を覚えたカーリーは悪魔を滅ぼしたあとも血を求めるようになり、人間にまで手を出すようになった。カーリーをもとに戻そうにも、すべての力をカーリーに与えてしまった神々にはどうすることもできない。そこでまたブラフマンに相談すると、夫のヴィシュヌを横たえておいて、カーリーに踏ませるようにするといいと指示される。ヒンディーの世界では、妻が夫を足で触ると地獄に落ちると言われているから、夫を踏めばカーリーがショックで目覚めるという作戦なのである。作戦どおりカーリーはヴィシュヌを踏む。ショックのあまりカーリーは舌を出し、そのまま引っ込まなくなってしまった。肖像画のカーリーが舌を出しているのはそのためである。
そのあと、フマユーン廟に訪れた。しかしここはイスラム建築なのでチョーハンさんは中まで案内してくれない。もちろんフマユーン廟の由来や建築様式については詳しく説明してくれた。タージマハルより古い建築であることを強調していたところが、デリーっ子のチョーハンさんらしい。フマユーン廟自体は飾りであり、本当の墓は地下にあるということだ。飾り彫があるのが男性のもので、小さくてつるつるしたのが女性のものだそうだ。
廟がよく見える大きな門まで歩いている途中で、チョーハンさんがアショーカの木を教えてくれた。「無憂樹」と漢字で書き、柳に似た木である。『ラーマーヤナ』によく出てくる。そう言うとチョーハンさんは、ラーマの妻シーターがアショーカの下で憩う話をしてくれる。