世界の街角から
(イギリス編)

イギリス旅行
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湖水地方

 船が出るまでボウネスの街を眺める。法律的な規制もあるのだろうが、街並みのトーンがそろっていて、ため息が出るほど美しい。派手な看板や電飾などで他との違いを際立たせようとするのではなく、素材や形状やデザインなどを街の人々が響き合わせ、街全体を際立たせているのである。パソコンが変換してくれないような小さな街「ボウネス」ですらこんなに美しいのでは、街並みの美しさで有名な「コッツウォルズ」に行ったらどうなるのだろうかと、いらぬ心配をしてしまう。
 長袖シャツを着ていたが湖上は寒かった。曇っていたが景色がよかった。三十分ほどのクルーズでアンブルサイドに着く頃には晴れていた。グラスミアにはワーズワースの住居が、そしてニア・ソーリーにはビアトリクス・ポターの住居がある。私はワーズワースの詩を読んだことがないし、ピーターラビットを愛好しているわけでもないが、やはり感慨深かった。
 クルーズしたのは湖水地方で一番大きなウィンダミア湖であったが、ワーズワースが若い頃に住んだダブ・コテージや晩年までを過ごしたライダルマウントは、小さな湖ライダルウォーターの付近にあった。どちらも落ち着いた白い建物で、ワーズワースが住んでいた頃の状態が保存されていた。そして、ウィンダミア湖の西にある小さな湖エススウェイトウォーター湖畔のニア・ソーリーという小さな村にある、ヒルトップ農場。広い牧場に羊が群れていた。ポターが農場経営をしながら絵本制作をした住居はとても質素だった。ここは日本人観光客がたくさん訪れる場所だという。
 ポターは動物の絵を描いた手紙を知人の子供にあてて出していたが、それが評判になり出版の運びとなった。こうしてピーターラビットが世に出た。スティーブンソンも子供に読み聞かせるため『宝島』を創ったし、宮沢賢治も妹たちに聞かせるために童話を創った。そう考えると興味深いものがある。さて、ピーターラビットで安定した収入を得たポターは、愛する湖水地方の土地を買い上げ、そこで晩年を過ごした。そして湖水地方の美しさが自分の死後も損なわれることがないようにと、その土地の管理をナショナル・トラストに託したのである。
 ナショナル・トラストは19世紀末にイギリスで設立された環境保護団体だが、今では多くの会員を抱えており、その会費などによって、美しい自然景観を有する土地や歴史的建造物を買い上げたり維持したりしている。海岸線の737㎞がすでにナショナル・トラストの保有であり、企業の開発の手が入ることなく美しい景観を保っているという。
 実は日本にもナショナル・トラストはある。発端は鎌倉の美しい景観を開発から守るために市民たちが土地を買い上げたことだという。そのとき中心になって活動したのが、鎌倉をこよなく愛した、作家の大佛次郎であった。
 湖水地方を満喫したあとは、ホテルのあるケンダルへと向かう。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(イギリス編)
◆ 執筆年 2014年4月26日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2012年2月から2014年3月まで連載した紀行文