世界の街角から
(イギリス編)

イギリス旅行
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チェスターのザ・ロウズを歩く

 チェスターの城壁から見下ろしたザ・ロウズ(商店街)の眺めはよかった。ザ・ロウズに降りる。その中世の美しい街並みを買い物客や観光客が行き交っている。人だかりがするので寄ってみたら、大通りの辻で原色の赤と青と黒の、ピエロのような兵隊のような、とにかく目立つ男性が陽気に口上を述べ立てていた。その脇の木のイスに女性が座っていて、よく見ると両足首に足枷がしてあった。囚人かマジックの助手のようであるが、本人は微笑んでいた。奇抜な服装の男性は「タウン・クライヤー」と言って、この街の名物だ。彼の話芸に聴衆は大笑いしている。足枷をされていた女性は「お金を使いたくないという男の人の妻を夕方6時まで預かっておく」というジョーク。
 街を歩きながら靴屋を探した。このとき履いていた靴は、数年前に新宿でたまたま見かけた、どちらかというとあまりおしゃれな店構えではない靴屋で買ったものだった。その靴が古くなって、そろそろ買い換えなくてはと思っていたところだったので、イギリス滞在中に、できれば普通っぽい靴屋で買いたいと思っていた。幸運なことに小さな靴屋があった。イギリスにあるという先入観があるせいだけではないだろうが、普通っぽいのだが、それでいてどちらかというと結構おしゃれな店構えだった。感じのいい店で、男性店員も感じがよかった。これはいいなと思う靴があったので試し履きさせてもらった。履き心地がよくデザインも気に入ったし、何しろ予算内だったので買うことにした。しかし、イギリスの幼児程度もない英語力で買い物するのは骨が折れた。今履いている靴を処分してもらえないかということを頼むために、若干の時間を必要とした。なんとか話が通じ、新しい靴だけ履いて、店をあとにした。この靴は今でも気に入って履いている。少しもだめにならない。でもまた近い将来に海外に行くことがあったら、この靴の代りを探してみたいと思っている。
 ザ・ロウズの中心にチェスター大聖堂がある。中に入ると大きなステンドグラスが色鮮やかに輝いている。キリストを抱えた聖母マリアがその真ん中に位置している。陽光が当たりくっきりと鮮やかに画面が浮かび上がる。これはよく考えてみたらテレビ画面と同じ原理で大衆の目を楽しませる、実に精妙な仕掛けなのであった。中世の人々にとって教会は先端技術・最新文化の結晶であり、また荘厳さを演出した広やかな空間は天上界そのものであっただろう。チェスター大聖堂には巨大なパイプオルガンさえある。私はバッハの「パッサカリア」の旋律を思い浮かべずにはいられなかった。まだ神が生きていた時代、この教会に集う信心深い人々が、広々とした暗い空間の上方から降り注ぐ、ステンドグラスを通過した鮮やかな光を浴び、荘厳で規則正しいパイプオルガンの通奏低音に絶えず胸を振動されれば、神の祝福を受けたと感じないのはむしろ不自然なことに違いないのである。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(イギリス編)
◆ 執筆年 2014年4月26日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2012年2月から2014年3月まで連載した紀行文