世界の街角から
(フランス編)
7
ロワール地方①
シャルトルをあとにして、向かうはロワール地方である。ロワール川沿いに古城がいくつも遠望できるロマンたっぷりの観光エリアだ。添乗員の芳野さんが、バスの中で興味深い話をしてくれた。シュノンソー城をめぐる女の闘いとフランス料理の話だった。ヴァロワ朝第十代フランス王アンリ二世は七歳のときディアーヌ・ド・ポワチエに恋をした。ディアーヌは二十七歳であった。大人になったアンリはディアーヌを側室にして、シュノンソー城を与えた。それほど美しい女性だったという。ディアーヌは年齢より二十歳若く見え、五十代になっても容貌が衰えなかったので、アンリといっしょでも違和感がなかった。活発で、化粧はせず、肌が白かった。朝はロワール川の水泳で始まる。宮廷の貴婦人が川で水泳するのは珍しかった。シュノンソー城には、ディアーヌが川に降りていくための通路もあった。彼女の朝は水泳で終わらない。ひと泳ぎすると馬をやたらと乗りまわした。これが若さと美しさを保つ秘訣であった。
アンリ二世の正室はイタリアのメディチ家から輿入れしたカトリーヌ・ド・メディシスだった。結婚したのは、二人とも十四のときだった。ディアーヌはもう三十四である。しかし、アンリはディアーヌにべったりだった。「今日はカトリーヌのところへ行きなさい」とディアーヌに叱られ、やっとカトリーヌのところへ行ったという。
イタリアのメディチ家からきたカトリーヌは、フランス宮廷の儀礼がわからなかった。そこで、ディアーヌはカトリーヌの世話をよく焼いた。子供たちの面倒まで見た。カトリーヌにとってはいい迷惑だっただろう。しかし、ディアーヌはアンリの絶大な信頼を得ている。おまけに、フランスにはカトリーヌの味方がいない。だから、何も不満を漏らさず、ひたすら耐えるしかなかった。
馬上槍試合で片目を突かれて、ディアーヌのたったひとりの後ろ盾であったアンリが死んだ。すると、新王の母として大きな権力を手に入れたカトリーヌは形勢を一挙に逆転する。ディアーヌをショーモン城に移し、アンリの葬儀にも呼んでやらなかった。
パック旅行もあなどれない。見学地に到着するまで添乗員が予備知識をたっぷり仕込んでくれる。歴史ドラマに心を動かしてから見学する方が、そうでないのよりも体験が深まるというものだ。それがいいか悪いかは別として。
車窓から城がいくつも見えた。ディアーヌが移されたショーモン城もあった。芳野さんの話のあとだから、ショーモン城が寂しい女性の横顔のように見える。
シュノンソー城の前にシャンボール城に立ち寄る。シャンボール城に到着するまで芳野さんがフランス料理の話をした。いきなりクイズが来た。「なぜ食事にナイフとフォークを使うようになったかご存じですか?」もちろん答えが思いつかない。