世界の街角から
(フランス編)

8
ロワール地方②
シャンボール城に向かうバスの中で、「食事にナイフとフォークを使うようになったのはなぜか?」ときいた芳野さんが、その答えを話してくれた。アンリ二世の妻カトリーヌ・ド・メディシスはメディチ家から来た。メディチ家といえば、ルネッサンスの全盛期には、フィレンツェでボッティチェッリやミケランジェロのパトロンを務めた大富豪である。そのような華麗な一族の娘として生まれ育ったカトリーヌは、フランスになど行きたくなかったであろう。なぜなら当時のフランスは野蛮な田舎であったからだ。料理は手づかみで食べていた。マナーもへったくれもない。
そんな野蛮な土地だから、嫁入りに際してカトリーヌは自分の料理人をつれていった。このことが、洗練されたイタリアのトスカーナ料理と、ナイフとフォークで食べる習慣が、フランスにもたらされ、フランス料理の生まれる原因となったらしい。
ナイフとフォークを使うようになった理由はまだある。暗殺を防ぐという目的だ。万が一食べ物に毒が盛られても、銀製のナイフとフォークで食事をしていれば、毒に反応して銀が変色するからすぐ気づく。メディチ家の先祖は薬屋だった(家名のメディチは薬のメディシンから来たとか)という説もあるが、薬屋だけに毒薬の知識もあったらしい。
芳野さんのフランス料理に関する話は続く。
フランス料理というと高級でおしゃれな料理というイメージがあるが、実際のフランス料理は家庭で普通に食べるものである。フランス料理が格式の高いものになったのは、日本人がそういうイメージをつくったからである。
「ところで世界三大料理と言われるのは何と何と何かご存じですか?」と芳野さんがきいた。フランス料理と中華料理は私もわかった。もう一つがわからなかった。
「トルコ料理です」と芳野さん。なるほど、言われてみればそんな気がしなくもない。
また、芳野さんの解説を手短にまとめていく。
世界三大料理というのは世界で三つのおいしい料理ではない。世界に影響を与えた三つの料理である。トルコは多くの国々を征服した。それでトルコに征服された国々にトルコ料理が広まった。フランス料理も同じである。ナポレオンが多くの国々を征服した。それでナポレオンに征服された国々にフランス料理が広まった。中華料理が世界三大料理の一つである理由も同様である。
なるほど、現在ハンバーガー、コーラ、ドーナツが世界中に広まっているのは、アメリカが強大な力を持っているためなのか、と感心する。
とにかくそういうわけで、世界三大料理は世界で三つのおいしい料理というものではない。「おいしい」という感覚は人それぞれ違う。舌の味蕾の数で決まる。味蕾がいちばん多いのは東洋人である。中でも日本人が多い。欧米人は少ない。だから、欧米人の味覚はおおざっぱである。
味蕾の数が味覚にどう影響するかという芳野さんの話は続く。