世界の街角から
(フランス編)

フランス旅行
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ロワール地方④

 シャンボール城はいかにもお城らしいお城である。西洋のおとぎ話に出てくる王様やお后様、王子様、お姫様が住んでいそうなお城だ。横に長く、上部には大小さまざまな尖塔、丸い屋根、三角屋根が並んでいる。城の前には青々とした芝生が石組みの岸壁まで広がり、ゆったり流れる川の水面にはさざ波が立っている。
 シャンボール城の中を見学するプログラムではなかったので、有名な二重らせん階段を歩くことはできなかった。この城の設計にはレオナルド・ダ・ビンチも関わったということなので、時間があればもっとゆっくり見たかったが、我々ツアー一行は、未練を残しながらシュノンソー城へと向かうしかなかった。
 ディアンヌ・ド・ポワチエやカトリーヌ・ド・メディシスなど、女性たちに愛されたシュノンソー城は、シャンボール城と比べるとぐっと小ぶり、洗練されたディアンヌの庭園、カトリーヌの庭園が彩りを添え、実にエレガントである。ヴェルサイユ宮殿の次に訪れる人が多いという、フランス観光の定番スポットである。
 芳野さんの話を聞いたばかりだから、二十才年下のアンリ二世を夢中にさせ、毎朝シュノンソー城からシェール川に降りて水泳して、五十代になっても若さが衰えなかったというディアンヌの寝室を見てみたい気がした。
 しかし、城の中はものすごい人混みで、とてもロマンチックなエピソードに思いを寄せながら、じっくり鑑賞するというわけにはいかなかった。ディアンヌの肖像画を見ていると、イヤホンから芳野さんの声が聞こえる。
「すいません。みなさん、早くこちらの部屋に来てください。みなさんそろっていますか。私の方にできるだけ近づいてください。ここが台所です」
 見ると暖炉に黒い大きな鍋がぶら下がっている。
 期待していたロマンチックなムードに浸ることはまったくできなかった。人の顔と人いきれと人の歓声である。
 それに部屋の出入り口が狭い。部屋に入ろうとする人と出ようとする人が押し合いへし合いするから余計に時間がかかる。一昔前の日本の観光地に見られた光景だと思った。いまの日本の観光地は、なかなか合理的に作られているから、観光客の交通整理に全力をあげたりはしない。しかし、そういう意味ではフランスの観光地は遅れているらしく、こんなに観光客が来ることがわかっているにも関わらず、観光客の交通整理にはまったくと言っていいほど無策であった。だから、小さな部屋から小さな部屋に移動することがシュノンソー城観光の最大の目的かと感じるほど、所要時間が必要であった。芳野さんから言われていたたっぷりと思えた見学時間は、ほとんど何も見ないうちに過ぎ去っていった。
 シュノンソー城の部屋部屋を文字どおり通りすぎて外に出て、ディアンヌの庭園もカトリーヌの庭園もほぼ素通りして、慌ただしくトイレに寄り、バスに乗りこむと、もうモン・サン・ミッシェルに向かって走りだしていた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(フランス編)
◆ 執筆年 2017年12月17日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2014年10月から2017年7月まで連載した紀行文