世界の街角から
(フランス編)

フランス旅行
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モン・サン・ミッシェル②

 ロワールからモン・サン・ミッシェルまでバスで移動すること、距離にして300キロ、時間にして4時間、ついに海に浮かんだモン・サン・ミッシェルが見えてきた。一見すると、小さな島全体がお城でできているように見える。よく見ると、中央に城のような建築物がどっしりと構えていて、中央の尖塔が空を摩している。ただし、これは城ではなく修道院で、周囲を取り巻いているのは無数の家や店である。そしてその多くは、観光客相手の土産物屋かレストラン、またはホテルだ。
 バスの中から「ラピュタみたい!」と声がする。たしかに、宮崎駿監督の制作した『天空の城ラピュタ』そっくりだ。
「そうですね。ラピュタをつくるときに、宮崎監督はモン・サン・ミッシェルを実際に見に来て、モチーフになさったそうです」と、JTB添乗員の芳野さんが解説する。
 私はスイフトの『ガリバー旅行記』に登場する空飛ぶ城塞ラピュタの章を読んで、宮崎駿は名作をしっかり読んでいるのだなあと感心したことがあったが、その具体的なイメージをこのフランスの世界遺産から取ったことは知らなかった。宮崎監督は読書家で、教養が非常に深いということはよく聞く。加藤周一をよく読んでいるため、宮崎監督と話ができるように加藤周一をたくさん読んだ人がいたということを何かで読んだことがある。
 モン・サン・ミッシェル見学の前に、付近のレストランで昼食。名物のオムレツを食べることになっている。
「フランスだからといって、おいしいものが食べられるとか、そういう期待は、あまり持たないほうがいいと思います。特にこのオムレツは、モン・サン・ミッシェルの名物だからと思って期待されている方もいらっしゃるとは思いますが、要するに卵焼きです。ふわふわになるまで泡立てて焼くのですが、まあ、味は普通の卵焼きです。名物にうまいものなし、と思ってください。モン・サン・ミッシェルに行ったら、やはりこのオムレツを食べてみたいという方が多いです。だから、たいがい、こちらの方面に行くツアーには、食事のプランに付けさせていただいております。というわけですので、話の種にという乗りで召しあがっていただければ幸いです」
 という、芳野さんのありがたい忠言によって、モン・サン・ミッシェル名物への過度な期待があらかじめ薄らいだことは、まあ、よかったと思う。食べなければもっとよかったような気がしなくもないが、しかし、体験談を語るときのために、あのオムレツを食べておくということにも、それなりの価値はあるのかもしれない。こうしてモン・サン・ミッシェルのオムレツは食べ継がれ、付近のレストランは繁盛しつづけるのだろう。
「ところで、このオムレツがモン・サン・ミッシェルの名物になったのには、こんな由来があるのです」
 と、芳野さんは話を続ける。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(フランス編)
◆ 執筆年 2017年12月17日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2014年10月から2017年7月まで連載した紀行文