世界の街角から
(フランス編)

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モン・サン・ミッシェル③
「ところで、このオムレツがモン・サン・ミッシェルの名物になったのには、こんな由来があるのです」と芳野さんが話してくれたことをかいつまんで書こう。
まず、モン・サン・ミッシェルという修道院は、海の中にある。しかし、一日中海の中にあるわけではない。満潮時はたしかに海中の島なのだが、潮が引くと地続きになる。満ち潮になったり引き潮になったりで、島になったり岬の突端になったりをくり返すのである。潮が引いて地続きになっていると、歩いてモン・サン・ミッシェルまで行ける。昔の巡礼者もみんな地続きになるのを待ちかまえて、歩いて渡ったのである。無謀な人は、潮が満ちていこうとしているのに、無理に渡ろうとしたらしい。したがって、波に流され、命を落としてしまった、なんていう人も案外多かったようだ。
そういう危険は冒したくないから、モン・サン・ミッシェルを往き来する旅人は、気もそぞろである。飯を食うのも手早くすませたいものだ。そこで、モン・サン・ミッシェルで宿屋を経営していたプラールおばさんは、短時間で作れて、しかも、旅人にたっぷりの栄養を与えられる料理はないかと考えた。それが、このオムレツである。卵とバターとチーズをたっぷり使って、大きなフライパンで焼いて、半分に折って切り分ける。これが旅人に大好評だった。おいしくて、お腹いっぱいになるし、なにより早く食べられる。これなら、海の水が押し寄せてきたらどうしようと心配しながら食べなくてすむ。
こんな芳野さんの話をきくと、やはりオムレツを食べないわけにはいかないような気がしてくる。そうこうするうちに、バスはモン・サン・ミッシェルがよく見える場所にあるレストランに到着する。モン・サン・ミッシェルにあるレストランではないのが残念だが、致し方ない。きっとこのあたりには、オムレツを出す店がたくさんあるのだろう。名物のオムレツが出てきた。大きい。よく泡立てて焼くから、たしかにふわふわだ。食べてみる。味はただの卵焼きである。決してまずいものではないが、といって、決してうまいものでもない。大きな卵焼きを、店の人が切り分けてみせるのを見るのが楽しみなのだろう。
ところで、モン・サン・ミッシェルという名前は、なかなか響きがよいが、いったいどういう意味なのだろうか。モンブランにも「モン」が付くが、なにか関係があるのだろうか。実は、「モン」というのは、「山」を意味する。英語で言えば「マウンテン」である。ということは、モンブランはブラン山だ。赤城山はモンアカギだ。
次に、「サン」であるが、これは「聖」を意味する。英語で言えば「セイント」である。
最後に、「ミッシェル」だが、これは女性の名ではない。ビートルズの曲名でもない。「ミカエル」のことだ。
つまり、「モン・サン・ミッシェル」とは、「聖ミカエルの山」という意味なのだ。