世界の街角から
(フランス編)

フランス旅行
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モン・サン・ミッシェル④

 ある男の夢にミカエルが現れた。ミカエルは、岩山に聖堂を建てるよう、男に命じた。男はこの夢を無視し、聖堂を建てなかった。すると、また同じ夢を見た。しかし、今度も男は気にとめなかった。そんなふうに、何度も同じ夢を見て、そのたびにミカエルの命令に背いているうちに、とうとうミカエルの指が額に突き刺さるという強烈な夢を見た。驚いた男は、今度こそミカエルの言うことを聞いて、岩山に聖堂を建てることにした。すると、不思議なことに、聖堂を建てた途端に、周りの森が海の底に沈み、岩山は一つの小さな島になった。こうしてモン・サン・ミッシェルができたという伝説である。
 ところで、ミカエルは、ガブリエル、ラファエルと並ぶ、カトリックにおける三大天使の一人である。右手に剣、左手に秤を持っている。ミカエルは、その左手に持つ秤で審判を下す。つまり、ミカエルの秤によって、天国へ行くか地獄へ行くかが決まるのである。言うことを聞かない子供に、ミカエルが見てるよ、というと怖がるそうだ。信仰が日常から遠くなりつつある日本では、最近面白い現象が起きている。ひきこさんというお化けが巷の子供たちを怖がらせているようだ。私の姪なども、言うことを聞かないとひきこさんに連れていかれるよ、などと親に言われておびえている。
 さて、名物のオムレツを食べおわると、いよいよモン・サン・ミッシェルに上陸することになった。まず、我々はレストランからホテルに移動した。「ホテル ベール」であった。隣にスーパーマーケットがあり、ちょっと行ってみたかった。しかし、団体行動を乱すわけにはいかなかった。道路ぎわまで、ツアーの一行といっしょに歩いていく。シャトルバスの停留所だった。
 立って、何かを話しているうちに、バスがやってきた。添乗員の芳野さんに従って、みんな素直に乗りこんだ。バスは走りだした。右や左の景色を眺めていると、いつの間にか、モン・サン・ミッシェルに架かる橋に着いた。
 バスから降りて、橋の上を歩いていく。ラピュタみたいなモン・サン・ミッシェルの全景に目を奪われ、デジカメやスマホを取りだして、みんなパチパチ撮っていた。私も興奮して、パチパチ撮っていたら、「こちらは、モン・サン・ミッシェルの裏側ですので、あとで、撮影スポットをご案内いたします」と、JTB添乗員の芳野さんが説明したので、カメラの音が急にさみしくなった。
 両側を岩肌や建築物にはさまれた、ちょっとした谷間になっている参道はとても狭かった。そこを初詣の参拝者ほどの人波が流れ込むのだから、どうにも身動きができない。日本人のようにお行儀よく歩を進める人たちばかりではない。昔はこんな人が日本にもいたよなあと思わせるような、大胆な割り込みや追い越しが横行し、いつになったら修道院に入場できるのか、さすがに不安になってくる。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(フランス編)
◆ 執筆年 2017年12月17日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2014年10月から2017年7月まで連載した紀行文