世界の街角から
(フランス編)

18
ルーアン①
第4日目 2014年8月14日(木)モン・サン・ミッシェルの「ホテル ベール」を出てまもなく、羊を降ろすトラックが行く手を阻んだ。黒い顔の羊が長い列をつくって放牧地へ走っていた。いったいどのくらい羊が入っているのだろうかと思うほど、トラックからは、次から次へと羊が出てきた。まるでマジックをみているようだった。そのあいだバスは身動きできなかった。仕方がないから羊の写真を撮って暇をつぶした。やっと羊を降ろしおわった。バスも走りはじめた。JTB添乗員の芳野さんがおもむろに、羊に関する興味深い話を始めた。まだ若そうに見える小柄な女性の口からポンポンと小気味よく、きわどい話が飛びでた。
「羊の8割はメスなんです。羊はとても繁殖力が旺盛なんです。種付けのときに、百匹のメスの中に一匹のオスが放されます。オスのおなかに黄色い色が付けられるので、種付けが終わったメスが識別できるのです。種付けの済んだメスは外へだされます。そうやってすべて種付けが終わるまで行うのです。種付け用でないオスは食肉になります。一歳未満の羊の肉をラムといいますが、これは種付け用にならなかったオスの肉です。男性の方は、もしご自分が羊だったら、種付け用のオスになると思いますか、それとも、食肉用になると思いますか」
読者諸兄、牧場の羊がいかにのんきそうに草をはんでいるように見えても、けっして彼らをうらやんではいけない。
芳野さんの話はおもしろい。ルーアンに向かうあいだにもいろいろと話してくれたが、私が覚えているのは、この話のほかは「フランス人のバカンス好き」というテーマだけだ。話は横道にそれるが、メモというのはものすごい力を持っている。このときバスのなかで話をきいていた私は、そのすべてについてよく理解したし、またいつまでも覚えているだろうと自信を持っていた。しかし、2016年4月現在の私は、そのときの話の細部どころか、テーマでさえ、まったく一つも思い出せない。それなのにこの紀行文が書けるのは、もちろんバスのなかで、芳野さんの話をききながらメモを取っていたからである。私は旅に出ると、乗り物のなかやホテルの部屋のなかで、メモを取ることに多くの時間を費やす。そんなことをしないで、もっと楽しめばいいじゃないかと思う方もあろうが、これがあとで有効なのである。どんなに楽しい旅も、時が経てばほとんどのことが忘却の彼方に消え去る。ところが、旅のノートをつくっておくと、いつまでも色あせることなく記憶を呼び起こすことができる。今度旅行に行かれる方は、もしよろしかったらお試しあれ。
さて、「フランス人のバカンス好き」について続けよう。と思ったら、もうスペースが尽きてしまった。