世界の街角から
(フランス編)

フランス旅行
prev

22

ジベルニー

 ジベルニーにはモネの家がある。モネの設計した広大な日本庭園をじっくり見学できる。広い池に蓮の花が咲いている光景は、まさにモネの絵そのものだ。日本の庭園をこよなく愛したモネは、ヨーロッパ式の幾何学的な庭園ではなく、日本的な回遊式庭園を造ったのである。その庭を散策し、池に咲く蓮の花を眺めていると、なぜだかほっと心が安まる気がするのは、私が日本人だからだろうか。また、この庭園を歩いていると、モネの絵らしい光景がいくつも見つかる。それも心休まる理由であろう。
 モネの家に来れば、モネの絵が見られるだろうと思ったが、甘かった。名画「睡蓮」が描かれた池はあっても、名画「睡蓮」はない。別のところに展示されているのである。パリのオランジュリー美術館だそうだ。無知な私は、オランジュリー美術館という美術館があることさえ知らなかった。あさってはパリ自由行動の日だ。俄然オランジュリー美術館に行きたくなった。私はどうやら印象派というのに弱いようなのである。ルノワールとかセザンヌとかに弱いのだ。私の印象派に対する弱みは、絵画だけでなく音楽にも言える。ドビュッシーとかサティとかに弱い。詳しいことはよくわからないが、ちょっと調べてみたところ、長調と短調があいまいになっていたり、微妙に心地よい不協和音がたくさん使われたりするところが、どうやらいいらしいのである。酔いしれるような雰囲気と気だるさがなんとも言えない。同じような理由で、小説などもフィッツジェラルドなどに弱い。
 話を戻そう。
 庭を歩き終わったので、モネの家に入った。アトリエやキッチンがあった。浮世絵をたくさん展示している部屋もあった。ゴッホやルノワールなど、当時のヨーロッパの画家たちは、日本の浮世絵から甚大な影響を受けた。モネもその一人であることが、この展示でもよくわかる。モネの家のなかは、それほどおもしろくなかった。まあ、偉人の住居の展示はだいたいこんなものであるが。イギリスに行ったときに見た、ワーズワースやシェークスピアの家もそれほどにはおもしろくなかった。見方が悪いのかもしれない。見る人によっては、こたえられないおもしろさなのだろう。見方の悪い人たちが、さっさと歩いて、どんどん階下の出口から出て、売店に向かっていくのが、二階の窓からよく見える。私も、階段を降りて、傘をさして、売店に歩く。トイレをすませて、売店を冷やかす。冷やかすだけのつもりが、どれもこれもほしくなり、気がつくと商品の選択に心血を注いでいた。他の人々も闘志をむき出しにして、他者よりよい獲物を手に入れようとしている。そこには譲り合いの精神は微塵もなかった。戦場である。
 モネの家にモネの絵は展示されていなかったが、売店にはモネの絵葉書が大量に展示されていた。見学者がごっそり買っていくだろうという戦略なのである。私はこういう戦略にめっぽう弱い。出す当てもない絵葉書を大量に買い込んでしまった。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(フランス編)
◆ 執筆年 2017年12月17日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2014年10月から2017年7月まで連載した紀行文