世界の街角から
(フランス編)

フランス旅行
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パリ④

 ルーブル美術館到着。巨大地下駐車場に観光バスがぎっしり並んでいる。我々はすぐ入場できたが、一般入場口は長蛇の列である。世界で最も入場者数の多い美術館だそうだ。
 きびきびした日本人ガイドの佐々木さんが本領を発揮した。我々にびしびし指示を出して、人混みをかきわけさせる。鬼コーチか鬼監督かと疑いたくなる。はぐれたら大変だから、皆必死についていった。
 とうとうミロのヴィーナスのコーナーにやってきた。本物のミロのヴィーナスが目の前にあった。写真を撮った。ミロのヴィーナスは両手がないからすばらしいのだと清岡卓行が『手の変幻』で言っている。確かに両手がないために絶妙なバランスになっていて、それが全体を引き締めているような気がする。文学でもよく、全部書かないで読者に想像の余地を残した方がよいと言われるが、同じような理由なのだろう。
 「サモトラケのニケ」も見た。これも人気があって、写真を撮るのが大変だった。
 彫刻の後は、絵画をしばらく見る。そして、いよいよ「モナ・リザ」である。立錐の余地もないほど混み合っている。なんと「モナ・リザ」も撮影可能なので、とにかく最前列になるまで漸進運動を続けた。心理的には一歩進んで二歩下がるという状況だが、気長に続ければいつか必ず「モナ・リザ」をレンズいっぱいに収められる地点に到達できると信じて漸進運動を続けた。次第に「モナ・リザ」の微笑が接近してきた。最前列地点の確保はもはや時間の問題である。しかし、一つの問題が克服間近になったとき、もう一つの問題が急速に浮上してきた。退却問題であった。後方からの人の波は恐るべき圧力を前方見学者に加えている。その圧力は前に進めば進むほど少なくとも心理的には指数関数的に増大するのである。最前列地点に来るとその圧力は例えて言えば象に踏まれた筆箱に相当するのではないかと心理的には予測できるのである。ともかく、そうこうするうちに絵の真ん前に出た。「モナ・リザ」をばっちり写した。しかし、やはり退却は不可能であった。絶体絶命のピンチである。と思ったら、警備員がロープを外して内側の絵のあるスペースに入れてくれた(え? こんなのありか!)。当然のことだが、絵に一番近いこの空間に見学者は一人もいない。つまり、がらがらにすいている。絵の側方ではまた別の警備員がロープを外してくれている。私は軽やかな足どりでそこまで歩いた。そして、いともたやすく撤退を完了させたのである。それにしてもなかなか粋な取り計らいである。ルーブル美術館、やるではないか。私のあとにも、氷河のように最前列まで押し出された見学者が、同様の方法で救出されていた。読者諸兄の中には、「モナ・リザ」に危険が及ばないのかと危惧される方もあるかもしれない。心配ご無用。分厚い防弾ガラスに囲まれているから、何の心配もいらないのである。「ルパン三世でも到底盗み出すことはおできになれないですわね。」エレガントな佐々木さんはもちろんそんなことは言わない。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(フランス編)
◆ 執筆年 2017年12月17日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2014年10月から2017年7月まで連載した紀行文