世界の街角から
(フランス編)

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ヴェルサイユ②
ヴェルサイユとくれば、マリー・アントワネットであろう。彼女は、神聖ローマ皇帝フランツ1世とマリア・テレジアの娘である。彼らは、フランスとの敵対関係を解消するべく、多くの子女をブルボン家と結婚させた。そうした一環で、マリー・アントワネットはフランスのブルボン家に嫁ぐことになった。
輝かしいウィーンの都からフランスまでやってきて、しかも、パリから遠く離れたヴェルサイユに到着したときの、マリー・アントワネットの気持ちはどんなものであったろう。
ヴェルサイユ宮殿の駐車場に到着した私は、バスから降りて、そんなことを考えていた。
ヴェルサイユの門をくぐり石畳を歩く。豪華で優雅な建築物が周りを囲んでいる。庭園が眺められる場所に来る。昔インドで見たタージマハルの庭園を思い出した。真珠のように美しいタージマハルまで長い水路が延びていた。水路の端からタージマハルを眺めると、歩いている人がアリぐらいの大きさにしか見えなかった。長い水路、美しい庭園、華麗な建築物。これらはヴェルサイユ宮殿とタージマハルの共通要素だ。しかし、私には、タージマハルの方が美しく思えた。
ヴェルサイユ宮殿の中に入る。
どの部屋も人でごった返している。耳に装着したイヤホンからは、日本人ガイドの佐々木さんの強烈な指示が、ビシバシ入る。我々は戦闘モードに切り替え、人ごみをかきわけまくった。
もしも読者諸兄の中で、機会があればいつかフランスに行き、ゆったりヴェルサイユ宮殿を見学してみようと思っている方がいたら、おそらくそれは無理だと思うので、そのようなことはあまり期待しない方がいいと言っておきたい。もちろん、時間をかけてゆっくりと見学することはできるだろう。しかし、この大勢の人々が減るときは永久に来ないのではあるまいか。それとも、時期とか時間帯とかを工夫すれば、あまり人がいないヴェルサイユ見学というものを体験できるのであろうか。とにかく人ごみの中でもみくちゃになっているうちに、金と銀でぴかぴかの鏡の間も、マリーアントワネットの寝室も、いつの間にか過ぎ去っていき、バスの座席に腰を下ろしたときは、へとへとに疲れはてていた。
夕食は、再びパリ市内のレストランであった。
前菜のスープが大きかった。チーズと玉ねぎとなぜか麩が入っていた。飲み終わるとすでに満腹であった。しかし、すかさずメイン料理が運ばれてきた。ローストポークということだった。しかし、私にはチャーシューの大きな塊にしか見えなかった。気が進まなかったがナイフで切ってみることにした。やはりチャーシューである。おそるおそる口に運んでみた。うーん、やっぱりチャーシューである。デザートはクレープのチョコレートソースがけ。これも実に大きい代物である。見るだけで十分である。ああ和食が恋しい。今の私には、一杯のかけそばが何よりのご馳走であろう。