世界の街角から
(アメリカ編)

アメリカ旅行
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7

ラスベガス⑦

 偶数の枠に五ドルのチップを静かに置いた。〈中略〉きちんとした身なりのディーラーが玉を手際よくはじく。少しずつ玉の回転速度が落ちて、やがて、ぽとりと26の枠に入った。
「すごい! リっちゃん、勝ったよ!」
 富子が五ドルのチップを置いた場所に、ディーラーが五ドルのチップを置いた。富子は、そこから五枚取り、五枚残した。
「リっちゃん、また偶数に五ドル賭けるの?」
 富子はまっすぐルーレット台のほうを見ながらうなずいた。
 12に止まった。ディーラーが五枚置き、十枚になった。富子は、十枚のチップを全部取り、今度は、奇数に五枚置いた。
 4に止まった。五枚のチップはディーラーに取られた。今度は、偶数に六枚置いた。
 21に止まった。六枚ディーラーに取られた。今度は、奇数に七枚置いた。
 30に止まった。七枚取られた。奇数に八枚置いた。
 7に止まった。ディーラーが八枚置き、十六枚になった。〈中略〉百ドルの元手でゲームを始めて、今また百ドルにもどった。
「リっちゃん、なんで、今みたいな賭け方をしたん?」
「わたし、臆病であまり損はしたくないから、こういう賭け方をするのよ」
「へえー、でも、すごく難しそやね。誰から教わったの?」
 富子は黙っていた。
「ねえ、どなたから教わったの? 教えて、教えて」
 富子はカクテルグラスを持ったまま、優子に向きなおった。
「内緒」
(編集部注:次は富子に賭け方を教えた男性のセリフである。)
「まず元手を決めます。百ドルから二百ドルぐらいまでとか、だいたいでいいのです。次に、引き際を決めます。百ドルが元手ならば、たとえば、五十ドルを下回るまで負けるか、逆に百五十ドルを上回るまで勝つか、そのどちらかになったら引きあげることにしておくのです。その次に、一度に賭ける額を決めます。仮にそれを五ドルに決めておいたとしましょう。ここで大切なのは、一回の賭け金を、一定の法則に従って、絶えず変化させるということなんです。たとえば、負けるごとに、一ドルずつ増やしていく、という具合ですね。ということは、もしも一度負けたら、その次は六ドル賭けるという意味ですよ。続けて負けたら七ドルに、さらに続けて負けたら八ドルに、という具合。勝ったらどうするかって? 勝ったら、いつでも、初めに決めた額、つまり、五ドルに戻します。あとは、気持ちを変えないでできるかどうかだけ。やってみればわかると思うけど、あまり損せずに、長く楽しめるはずだよ」
 〈中略〉彼は、負けるごとに一ドルずつ増やすのではなくて、勝つごとに一ドルずつ増やす方法も教えてくれた。さらに、負けるごとに二倍に増やすやり方も教えてくれた。これは負けがこむとかなり損失が出る。結局、富子は最初に教わった方法がいちばん気にいった。(以上拙作『憑依』より引用)

 私たちもこの例のように、五十ドルを下限、百五十ドルを上限として始めた。そして、百五十ドルになったので、おしまいにして、部屋に引き上げた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(アメリカ編)
◆ 執筆年 2020年1月10日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2017年9月から2020年1月まで連載した紀行文である。
 ただし2019年10月から2020年1月までは諸事情により図書館のコーナー掲示となった。