世界の街角から
(アメリカ編)

アメリカ旅行
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ザイオン③

 ラスベガスは砂漠の中にある。ラスベガスの街だけ生命感にあふれ、その周辺は見渡す限り荒涼とした砂漠である。そこをフリーウェイが貫く。ネバダ州ラスベガスからユタ州ザイオン国立公園まで、250キロ以上、ひたすらフリーウェイ15号をゆく。砂漠の中をただただ真っ直ぐ走り抜ける。ずっと同じ風景。ずっと真っ直ぐな道。日本ではまずありえないことだ。本当にアメリカは大きい。
 日本は人口減が急速に進み、多くの市町村は対策に追われている。しかし、考えてみると、それでも人口はざっと1億あるわけである。アメリカがざっと3億。人口だけ考えるならば、たしかにアメリカは日本よりずっと多い。しかし、国土面積を考慮すると、全く見方が変わってくる。日本はざっと38万平方㎞。対するアメリカはざっと1000万平方㎞。当然人口密度は日本の方が圧倒的に高い。日本は1平方㎞あたりざっと340人。対するアメリカは33人。日本はアメリカの10倍である。一番人口密度の低い北海道が70人弱と、アメリカの2倍強で、二番目に人口密度の低い岩手県が80人強と、アメリカの3倍弱だ。ついでに、東京6000人強、日本の人口の3分の1が集中する関東地方は1300人弱、群馬県300人強。群馬は日本全体の人口密度とほぼ同じで、アメリカの10倍である。こんなふうに考えると日本の現在の人口減などたいしたことに思えなくなるから不思議だ。
 そんな馬鹿なことを思い巡らしてしまうくらい、アメリカは広くて、何もない。本当に世界で一番経済力のある国なのだろうか。テレビや新聞で見る華麗なるアメリカなどどこにもない。あるのはただの辺境である。
 そうこうするうちにバスはフリーウェイ15号から出て、だんだん山道に入ってきた。高度が上がってくると、カーブや崖っぷちからの眺めが雄大になってきた。そのうちに何かがおかしいと思った。非常な不安まで覚えてきた。どうしたのだろうか。風景が簡単すぎるので、不安になるのだろうか。いや、そうではなかった。少し道路に注意を向けるだけで不安の正体に気づいた。ガードレールが一本もなかった。
 日本で車の運転をしていてガードレールのない道に差し掛かると、とても緊張する。川のどて。田んぼの中の一本道。ふたをかぶせてない側溝沿いの道。とはいうものの、日本ではガードレールのない道というものをあまり見かけない。まして、急カーブの連続する山中にガードレールがないなどということは考えられない。ところが、アメリカの山中にはそれがない。だから、山中の風景も妙にすっきりしている。景色としてはこの上なく美しい。
 「事故を起こしたら谷底に落ちてしまうではないですか」とアメリカ人のガイドに聞いた。彼はこともなげに答えてくれた。「アメリカでは全て自己責任です」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(アメリカ編)
◆ 執筆年 2020年1月10日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2017年9月から2020年1月まで連載した紀行文である。
 ただし2019年10月から2020年1月までは諸事情により図書館のコーナー掲示となった。