世界の街角から
(アメリカ編)

アメリカ旅行
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モニュメントバレー③

 スリーシスターズで夏井いつきを思い出したわけをちょっと長くなるが書いてみたい。
 夏井いつき女史は事前に参加者から俳句を募った。私は生徒にひねらせた。魔が差した私もひねった。
 当日がきた。夕刻私と生徒は桐生名物ソースかつ丼で腹を作った。歩けないほど食べた我々をシルクホールが飲み込んだ。大勢の人でごった返していた。女史は非常な有名人なのであった。生徒たちは顔なじみのような口調で女史について何か言い合っていた。
 女史が現れた。これから公開赤ペン添削をすると言った。下手な俳句。まあまあの俳句。うまい俳句。その順番にやるらしい。とんでもないことになったと私は思った。生徒の俳句だけ送ればよかった。どうか私の俳句が出てきませんようにと神に祈った。何句かの添削の後、大きな紙に印刷された私の俳句が出てきた。私は神を罵った。救いがあるとすれば、下手な俳句ではなく、まあまあの俳句だったことである。ああ、下手な俳句でなくてよかった。
 それはたしかこんな俳句であったと思う。
  霧の中三人の魔女密談す
 女史はこれを紹介する際、前振りをした。集まった俳句は経験を読んだものが多かったが、別に創作でも構わない。こんなミステリアスな俳句があってもよい。そんな内容だったと思う。女史は添削だけでなく質疑応答までした。二階席までマイクとカメラが走ってきた。私の顔が前方の大型スクリーンに映し出された。この三人の魔女というのは奥さんとか妹さんとかのことなのか聞かれた。
 ところで、この俳句を作った事情だが、まず「霧」という言葉がどこから出てきたかというと、これは女史の出した兼題であった。兼題というのは俳句に詠み込まなければならないことばのことである。「桐生」なので兼題を「霧」にしたそうだ。無論これは女史に説明する必要はない。次に「三人の魔女」と「密談」である。私はそのころシェークスピアの『マクベス』を読んでいた。この作品では冒頭で三人の魔女が出てきて密談をするのである。たぶん「霧」のことを考えているうちに『マクベス』の魔女につながったのだと思う。それで女史には『マクベス』の三人の魔女をそのまま詠みましたとだけ答えた。本当はもう少し言いたいことがあった。小さい女の子でも若いお嬢さんでも良妻賢母でもお年を召した御婦人でも女が三人集まってひそひそ話していると、はっとしてしまって、いやな予感というか、何かの前触れというか、自分と関係があることだったらどうしようかというような、妙な疑念の囚われになることが私には小さい頃からあって、そういうことが言いたかったのだが、言わなかった。
 文芸部の顧問として生徒を連れて来たという話題に移ると、女史は今度は生徒たちと話をし始めた。私は無我夢中であったから、女史にどう添削されたか覚えていない。帰りに賞品として女史の直筆の色紙をもらった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 世界の街角から(アメリカ編)
◆ 執筆年 2020年1月10日
◆ 群馬県立太田高等学校『図書館だより』の「閑話 世界の街角」に 2017年9月から2020年1月まで連載した紀行文である。
 ただし2019年10月から2020年1月までは諸事情により図書館のコーナー掲示となった。