芥川

芥川
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33

 時鳥が鋭く鳴いた。
 良房の周囲は皆おせっかいだった。
 まず、妻がおせっかいだった。次に、兄がおせっかいだった。二人は、自分が孤独にならないよう、娘を与えてくれたのだ。これは今となっては良房の喜びになっている。やはり、妻は賢明だった。しかし、一言ほしかった。
 兄のおせっかいはこれだけではない。基経が私の養子になったのも兄の提案だった。私は何度も断った。妻と娘がいれば十分だと言った。しかし、兄はあきらめなかった。おそらく私に対して後ろめたさがあったのだろう。亡くなるときに、基経を頼むと必死で頼んだ。基経は小さいころから私になついていた。兄の死後、基経も将来が気がかりになっていたようである。たまたま私の家に遊びに来たので、何気なく話をしたらその気になった。
 この基経という養子もおせっかいであった。高子が業平に夢中になったのはこのころだ。高子はそのころ私の妹の順子(のぶこ)の邸に住んでいた。順子は仁明上皇の妻だった。順子から相談があり、高子を私の家に移すことになった。高子は業平に会いたがって、仕方なかった。私は諭した。諭すうちにおかしなことになっていったのだった。

「私の兄はお前に期待をして死んでいった」
「私は私の好きな人と結婚したい」
「結婚すれば好きになるものだ」
「おじさんはおばさんが好きだったの」
 高子が良房を見つめた。
 良房は結婚したい人がいた。しかし、嵯峨天皇が良房を厚く信任し、臣籍降下した娘の潔姫(きよひめ)を与えた。無論晴れがましかった。臣籍降下したとはいえ、天皇の娘が臣下の妻になることは前代未聞のことだった。それほど嵯峨天皇は良房を信任したのだ。しかし、良房には恋人がいた。その恋人が忘れられなかった。恋人も良房を忘れられなかった。良房はその恋人を側室に迎えるつもりだった。しかし、恋人の親が別の男と結婚させてしまった。その恋人も良房の子どもが産めなかった。子どもがいれば運命は変わっていただろう。その恋人とはすっかり遠ざかってしまった。
「もちろんだとも」
 高子はじっと良房の目を見た。
「うそ」
「何を言うんだ」
「私、おじさんがうそを言うとき、わかるもの」
 良房は答えなかった。
「おじさん、おばさんと結婚して幸せだった?」
「当たり前だろ」
「真面目に答えて。私だって、自分がどうすべきか、よくわかってる。でも、本心では自分の好きな人と結婚したい。おじさんが本心を明かしてくれたら、わたしも大人として行動する」
 高子は真剣だった。良房はうかつなことはできないと思った。自殺でもしたら取り返しが付かない。
「わかった。おじさんも大人として行動した。おばさんも大人として行動した。お互いに好きな相手がいたんだ」
「おじさん、好きな人をあきらめられたの?」
「あきらめるしかなかった」
「今でも好きなの」
「今でも好きだ」
 良房は昔の恋人に言っているような気がした。そうなのだ。高子が大人びてきだしたときに、気づいたのだが、そっくりだった。昔の恋人に。良房は変な気分になってきた。
「おじさん、私が業平様のことを好きだと思っているんでしょ?」
(何を言っているんだ、高子は?)
「私は本当は業平様のことがそんなに好きなわけじゃない。おじさん、気づいているんでしょ。小さいころから、ずっとおじさんと結婚したいと思っていたのよ。別に変なことじゃないでしょ。おばさんがいたとしても、不思議なことではないし、今なら、おじさんは一人だけなんだから、なおさら不思議なことではないわ。天皇の娘と結婚したおじさんなら、天皇に嫁ぐはずの姪と結婚したって、いいじゃない」
 良房は自分を抑えられなくなった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 芥川
◆ 執筆年 2021年10月10日