芥川

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37

 高子は武士に憧れる自分の愚かさを指摘されると思っていた。しかし、そうではなかった。良房の考えが自分とほぼ同じものであることを知り、うれしくなった。
「これから貴族と武士の協力関係はますます強くなっていくだろう」
「ええ、そして、とても強い武士が現れるわ」
「その強い武士を味方に付けた者が政界を牛耳る」
「それはもうおじさんが実現させているじゃない」
「いや、もっと上手(うわて)がいるかもしれない」
「え、誰?」
 高子は良房の顔をのぞき込んだ。布が下がり、灯台の灯が肌を照らした。
「いや、私の思い過ごしかもしれない」
「ねえ、誰なの、教えてよ」
 高子の腕と背中が動いた。
「試してみてもいいかもしれない」
 良房は横向きになり、高子の背中に手を回した。
「何を試すの?」
「お前は基経のことをどう思う?」
「どうって?」
「基経はすでに私を凌いでいるような気がしないか?」
「どうして、だっておじさんは太政大臣でお兄さんはまだ少将よ。おじさんの一言でお兄さんの人生はどうにでもなるわ」
「基経が独自の勢力基盤を作り出していたら?」
「人脈を持ち始めているということ?」
「ああ、強い武士を味方に付けているかもしれない」
「おじさんは何か知っているの?」
「いや」
「じゃあ、そんなはずないわ。だって、おじさんに知られずにそんな強い武士を味方にできるはずないもの」
「強い武士の方から近づくかもしれない」
「おじさんに黙って?」
「私の持っている荘園と仲がよくないのかもしれない」
「そんなことできるかしら? だって、おじさんの荘園の武士を恐がるはずよ」
「もっと大きい勢力なんだろう」
「そんな! おじさんの荘園より大きいなんて」
「今地方の武士たちは離合集散を繰り返している。基経の方が私より将来性があると見越せば、そっちへどんどん流れていくさ」
「何て薄情なの!」
「仕方ないさ。私はもう年だ。私が武士だったら、私よりも基経を選ぶよ」
「それじゃあ、私が清和帝に入内しても少しもいいことはないじゃない」
「なぜ? 清和帝との間に皇子ができて、即位すれば、きっと基経が摂政になるだろう。お前は天皇の母で摂政の妹だから、これ以上ないほど幸福になるじゃないか」
「そんなことないわ。お兄様のことだから、他の女御の生んだ皇子を即位させて、自分の娘を入内させるに決まっているわ。私は肩身の狭い思いをして一生を送って行くんだわ」
「じゃあ、お前に私の荘園をあげよう」
「えっ! お兄様に譲らなくていいの?」
「ああ」
「でも、私はおじさんの子じゃないから」
「養子にするさ」
「でも、お兄様が何て言うか」
「だから、試してみよう」
「試すって、何を?」
「私に内緒で強い武士から寄進を受けているかどうかさ。その証拠をつかめば、基経は困るだろう。私に無断で寄進を受けていたとなれば一族の間でも問題になる。私が私の荘園を長男の基経に譲らず、新たに養子にしたお前に譲ると決めても、誰も文句を言うまい」
「なるほど、それはわかったわ。でも、どうやって?」
「お前、業平殿から車を借りられるか?」
「車を? たぶんお願いすれば貸してもらえると思うけど、それでどうするの?」
「業平殿の車で、お前を連れ出す。そして、業平殿がお前を連れて逃げたと触れ回らせる。私が基経に何とかしてくれと言えば、あいつは自分の武士を使うだろう。もちろん業平殿にはあとでたっぷりお礼をする」
「業平様がそんなこと引き受けるかしら?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 芥川
◆ 執筆年 2021年10月10日