芥川

芥川
prev

83

「業平様は阿保親王のお子様でございます」
 高子の顔はいつもと少し違うように見えた。少しきつくなっているような気がする。
「はい、そうですが」
 業平はさっきと同じように答えた。
「皇族の子息ですと、東国の武士はとてもありがたがります」
「しかし私は畿内に荘園を持っておりますよ」
「それはもちろんそうですが、東国にもあるとよいと思いませんか?」
「なぜ?」
「あなたと私の子どもが将来困らないでしょう」
「私とあなたの子ども?」
「まだおわかりではありませぬか? 私は身ごもったのです」
「まさか……」
「業平様、心配はご無用です。私がそのつもりで業平様と」
「しかしそれでは、私はいったい……」
 業平は目の前が真っ暗になった。
「ですから、心配はご無用です。主上は疑いませんよ」
「では、私の子どもということも、はっきりわからないではありませんか」
 高子はきっぱりと言った。
「いいえ、私にはわかっております」
「いや、しかしそれほど明確にはおわかりになりますまい」
「業平様、女にはそれがわかるのです」
 業平は今後のことをあれこれと考えた。どうにもなるまいと思った。以前はこういう場合に何かともみ消してくれた良房がいた。やはり良房はありがたかったと思った。良房は大きいと思った。しかし今は良房はいない。高子は確かに世慣れたが、しかしこういう場合には、あまりあてにならないだろうと思った。高子が何を考えているのかまったくわからなかった。昔の自分と高子との醜聞を蒸し返そうとしたり、関白以上の権力を持った武士団を東国に作ると言ったり、その武士団の拠点作りのためか何のためかわからないが、自分に東国に荘園を作れと言ったり、自分の子を身ごもったからそれを認めてくれと迫ったり、もうとにかくどれもがばらばらでまちまちだった。子どもができたことがわかり、錯乱状態にあるのだろう。さてどうやってなだめ、落ち着かせよう。それと、やはり子どものことだ。これは大変なことだぞ。ああ良房がいてくれたら。
「業平様、心配はご無用です。子どもは主上のお子として育てます。いずれ臣籍降下させます」
「臣籍降下? 源氏にでもなさるおつもりですか」
「源氏にします。その源氏の拠点を東国にも作りたいのです」
「東国にも?」
「ええ、摂津には源氏の拠点ができつつあります。良房と一緒に作りました。しかし良房は死にました。私もいつか死にます。そうしたら摂津は武士政権を樹立しようという計画を断念するでしょう。そしてやはり藤原北家を支援することに専念するでしょう。都の近くでは藤原北家の影響力が強すぎて、呑み込まれてしまうのです。でももしかしたら摂津も私が予想している以上に頑張るかもしれません。それはでもまったくわからないことです。予防線はいくつでも必要です。東国の上野(こうずけ)や信濃、相模に私の子や孫を送り込みます。しかし私には東国に荘園を作れません。業平様、あなたは親王のお子ですし、東国に人脈もあります。荘園を作ることも難しくないでしょう。そうしたらあなたと私の子どもたちを東国に送ってください」
「子どもたち?」
「ええ、あなたの子どもたち、そして、私の子どもたち」
「それはいったい」
「こういうことです」
 高子は業平に抱きついた。
「これからたくさんあなたの子を産みます。すべて主上のお子として育て、すべて臣籍降下させます。そして、東国の主要な荘園の領主にします」
 清和天皇の血を引いた源氏が東国の武士をまとめ、その強力な武力によって朝廷をも制御する。そんな絵空事のためにいったい誰が協力するというのか!
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 芥川
◆ 執筆年 2021年10月10日