芥川

101
式部は飲み物を置いた。御簾から涼しい風が来た。
式部は、業平の孫娘が広めようとした良房の秘密を早く知りたかった。貫之の日記に、それが書かれていた。
業平の孫娘は業平の日記を読んでいた。その日記は業平の息子、すなわち孫娘の父親が自宅に保管していたものだった。
滋幹の母(業平の孫娘)が世間に広めようとしたことは、良房の日記に書いてあることとほぼ同じ内容だった。つまり、業平も良房の秘密を知っていたのである。なぜ、業平はそれを知ったのか? 誰から聞いたのか? 私(貫之)は不思議に思った。業平は良房の陰謀によって政権中枢から追いやられた家系である。そういう意味では紀氏の私と同様だ。その業平が良房の秘密を知り得るような近いところにあったとは到底思われない。むしろ世間で喧伝されているように、高子を盗み出そうとして以来、宮中での立場を悪くして、良房に疎まれ、頼りにされることはなかったはずである。だが、果たしてその世間の噂は本当だろうか? 業平は本当に良房に疎まれていたのだろうか? というのも、業平は清和天皇の時代に長年にわたって右馬頭を務め、陽成天皇の時代になると頭中将にまで昇進していたのである。しかも、その昇進には高子の推挙があったらしいという話を聞いたこともある。もしかすると、業平は密かに良房とつながりがあったのではないだろうか? 高子との関係も、終わったどころか、その後も綿々と続いていたのではないか?
式部は業平の日記も読んでみたいと思った。貫之の日記をまた一枚めくった。
滋幹の母に会った。
この一文が式部の目に飛び込んできた。飲み物を口に入れた。慌てて飲み込んだため、式部はしばらくの間、むせた。
滋幹の母は美しい人だった。今まで私が会った女性の中で、最も美しい人だった。この時は、時平の妻になり、時平の邸に住んでいた。時平が妻にする時、老齢の伯父である国経から大胆な方法で奪い取ったという話を聞いたが、そこまでして時平が夢中になるのは納得できた。その滋幹の母は、私の妻になりたいと言った。私は耳を疑った。当然のことである。私は時平のような重要人物ではない。滋幹の母が私と結婚する理由は何もないのである。しかし、それは本当のことだった。すると、私は危険だと思った。これには何か深い訳があるはずだと思った。滋幹の母は、自分と一緒になるつもりがあるのなら、すべてを話すと言った。私は面倒なことに巻き込まれたくないと思ったが、欲求にあらがえなかった。私は滋幹の母から、自分の運命を大きく変えることになる、重要な話を聞いた。
式部はつばを飲み込んだ。自分も東三条院から、自分の運命を大きく変えることになる選択を迫られた。そして、自分は東三条院の言葉に従った。滋幹の母に従った貫之は、その後どのような運命をたどったのだろうか? 自分はこの後どのような運命をたどるのだろうか? 式部は、だんだん恐くなってきたが、もう手遅れであった。
私(貫之)が滋幹の母から聞いたのは、次のような話だった。
在原氏は良房に没落させられた。紀氏も良房に没落させられた。良房に没落させられた在原氏の業平は、ある時良房に協力を求められた。藤原北家に権力を集中するための計略である。業平が協力すれば、将来は安泰である。協力しなければ、もう終わりである。しかし、協力すると、紀氏がさらなる窮地に直面する。これが業平を悩ませた。業平の義父は紀有常である。彼に迷惑をかけたくなかった。業平は有常に相談した。有常は困った。困ったが、良房に協力すれば、紀氏の中でも、有常の系列は生き残れる。どうやらそういうことらしいということがわかった有常は、良房に従おうと娘の夫に言い切った。
式部は鳥肌を立てた。
式部は、業平の孫娘が広めようとした良房の秘密を早く知りたかった。貫之の日記に、それが書かれていた。
業平の孫娘は業平の日記を読んでいた。その日記は業平の息子、すなわち孫娘の父親が自宅に保管していたものだった。
滋幹の母(業平の孫娘)が世間に広めようとしたことは、良房の日記に書いてあることとほぼ同じ内容だった。つまり、業平も良房の秘密を知っていたのである。なぜ、業平はそれを知ったのか? 誰から聞いたのか? 私(貫之)は不思議に思った。業平は良房の陰謀によって政権中枢から追いやられた家系である。そういう意味では紀氏の私と同様だ。その業平が良房の秘密を知り得るような近いところにあったとは到底思われない。むしろ世間で喧伝されているように、高子を盗み出そうとして以来、宮中での立場を悪くして、良房に疎まれ、頼りにされることはなかったはずである。だが、果たしてその世間の噂は本当だろうか? 業平は本当に良房に疎まれていたのだろうか? というのも、業平は清和天皇の時代に長年にわたって右馬頭を務め、陽成天皇の時代になると頭中将にまで昇進していたのである。しかも、その昇進には高子の推挙があったらしいという話を聞いたこともある。もしかすると、業平は密かに良房とつながりがあったのではないだろうか? 高子との関係も、終わったどころか、その後も綿々と続いていたのではないか?
式部は業平の日記も読んでみたいと思った。貫之の日記をまた一枚めくった。
滋幹の母に会った。
この一文が式部の目に飛び込んできた。飲み物を口に入れた。慌てて飲み込んだため、式部はしばらくの間、むせた。
滋幹の母は美しい人だった。今まで私が会った女性の中で、最も美しい人だった。この時は、時平の妻になり、時平の邸に住んでいた。時平が妻にする時、老齢の伯父である国経から大胆な方法で奪い取ったという話を聞いたが、そこまでして時平が夢中になるのは納得できた。その滋幹の母は、私の妻になりたいと言った。私は耳を疑った。当然のことである。私は時平のような重要人物ではない。滋幹の母が私と結婚する理由は何もないのである。しかし、それは本当のことだった。すると、私は危険だと思った。これには何か深い訳があるはずだと思った。滋幹の母は、自分と一緒になるつもりがあるのなら、すべてを話すと言った。私は面倒なことに巻き込まれたくないと思ったが、欲求にあらがえなかった。私は滋幹の母から、自分の運命を大きく変えることになる、重要な話を聞いた。
式部はつばを飲み込んだ。自分も東三条院から、自分の運命を大きく変えることになる選択を迫られた。そして、自分は東三条院の言葉に従った。滋幹の母に従った貫之は、その後どのような運命をたどったのだろうか? 自分はこの後どのような運命をたどるのだろうか? 式部は、だんだん恐くなってきたが、もう手遅れであった。
私(貫之)が滋幹の母から聞いたのは、次のような話だった。
在原氏は良房に没落させられた。紀氏も良房に没落させられた。良房に没落させられた在原氏の業平は、ある時良房に協力を求められた。藤原北家に権力を集中するための計略である。業平が協力すれば、将来は安泰である。協力しなければ、もう終わりである。しかし、協力すると、紀氏がさらなる窮地に直面する。これが業平を悩ませた。業平の義父は紀有常である。彼に迷惑をかけたくなかった。業平は有常に相談した。有常は困った。困ったが、良房に協力すれば、紀氏の中でも、有常の系列は生き残れる。どうやらそういうことらしいということがわかった有常は、良房に従おうと娘の夫に言い切った。
式部は鳥肌を立てた。