すいす物語

31
二〇二四年七月
物価があがり、水素も高くなった。いままで一キロ一二一〇円(税込み)だったのが、一六五〇円(税込み)になった。政府は二〇三〇年に一キロ三三四円にすることを目標にしているが、今回の値上げはそれに逆行する形である。はたして政府の水素インフラ整備は計画どおりに進むのであろうか。
水素の明るい未来を願うしかない。
ストーリー性がある歌の話が、しばらく続いている。五月は、地方から東京へ移った男の人の心変わりを描いた歌だった。これは、『木綿のハンカチーフ』。一九七五年、松本隆作詞、太田裕美が歌った。六月は、突然音信不通になった恋人の幻影を追い求める男の人の悲しさを描いた歌だった。『私鉄沿線』。一九七五年、山上路夫作詞、歌は野口五郎。
両者に共通するのは、鉄道である。
そこで、今回も鉄道に関係する歌を取りあげたい。
『喝采』。一九七二年、吉田旺作詞、歌はちあきなおみ。
この歌は、『木綿のハンカチーフ』と状況が似ている。ただし、地方から東京へ移ったのは、男の人ではなく女の人である。この女の人(「わたし」)が男の人(「アナタ」)への思いを切々と語る。「アナタ」へ語るのではない。また、ほかのだれかに語っているのでもない。独り言を切々と心の中でつぶやいているのだ。
あれは三年前 止めるアナタ駅に残し
動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
「わたし」は東京にいき、歌手になりたかったのだ。そんな夢がかなうはずがない。悪いやつにだまされて、食い物にされるだけだ。おそらくそんなことをいって、「アナタ」は必死に恋人の上京を止めようとしたのだ。しかし、「わたし」は、きっと歌手になってみせるという。おそらくオーディションに受かったのだろう。小さいころから歌が上手だったから、胸の中には自信がみなぎっている。レコード会社のマネージャーからも太鼓判を押され、すっかりその気になっているのだ。
マネージャーの言葉はうそではなかった。「わたし」は売れた。レコードは次々にヒットした。忙しい毎日。今日も舞台に立ち、幕が開くのを待つ。
そんな毎日に追われているうち、三年の月日がたち、ある日、一通のはがきが届く。いやな予感。震える手ではがきを見る。
「わたし」は、故郷へ急ぐ。つたがからまる教会の前にたたずみ、「わたし」は言葉を失う。暗い待合室に入る。「わたし」には話しかける人はだれもいない。東京で人気歌手になったのに、故郷の人々は「わたし」を遠巻きに見るだけだ。ちょうどそのとき、壁の上のスピーカーから「わたし」の歌が流れてきた。最近発売され、すぐヒットチャートの上位に入った曲だ。「わたし」は思う。やはり私は歌手なのだ。また東京へ戻り、歌を歌おう。
「わたし」は、今日も舞台に立ち、幕が開くのを待つ。(2024/4/28)
物価があがり、水素も高くなった。いままで一キロ一二一〇円(税込み)だったのが、一六五〇円(税込み)になった。政府は二〇三〇年に一キロ三三四円にすることを目標にしているが、今回の値上げはそれに逆行する形である。はたして政府の水素インフラ整備は計画どおりに進むのであろうか。
水素の明るい未来を願うしかない。
ストーリー性がある歌の話が、しばらく続いている。五月は、地方から東京へ移った男の人の心変わりを描いた歌だった。これは、『木綿のハンカチーフ』。一九七五年、松本隆作詞、太田裕美が歌った。六月は、突然音信不通になった恋人の幻影を追い求める男の人の悲しさを描いた歌だった。『私鉄沿線』。一九七五年、山上路夫作詞、歌は野口五郎。
両者に共通するのは、鉄道である。
そこで、今回も鉄道に関係する歌を取りあげたい。
『喝采』。一九七二年、吉田旺作詞、歌はちあきなおみ。
この歌は、『木綿のハンカチーフ』と状況が似ている。ただし、地方から東京へ移ったのは、男の人ではなく女の人である。この女の人(「わたし」)が男の人(「アナタ」)への思いを切々と語る。「アナタ」へ語るのではない。また、ほかのだれかに語っているのでもない。独り言を切々と心の中でつぶやいているのだ。
あれは三年前 止めるアナタ駅に残し
動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
「わたし」は東京にいき、歌手になりたかったのだ。そんな夢がかなうはずがない。悪いやつにだまされて、食い物にされるだけだ。おそらくそんなことをいって、「アナタ」は必死に恋人の上京を止めようとしたのだ。しかし、「わたし」は、きっと歌手になってみせるという。おそらくオーディションに受かったのだろう。小さいころから歌が上手だったから、胸の中には自信がみなぎっている。レコード会社のマネージャーからも太鼓判を押され、すっかりその気になっているのだ。
マネージャーの言葉はうそではなかった。「わたし」は売れた。レコードは次々にヒットした。忙しい毎日。今日も舞台に立ち、幕が開くのを待つ。
そんな毎日に追われているうち、三年の月日がたち、ある日、一通のはがきが届く。いやな予感。震える手ではがきを見る。
「わたし」は、故郷へ急ぐ。つたがからまる教会の前にたたずみ、「わたし」は言葉を失う。暗い待合室に入る。「わたし」には話しかける人はだれもいない。東京で人気歌手になったのに、故郷の人々は「わたし」を遠巻きに見るだけだ。ちょうどそのとき、壁の上のスピーカーから「わたし」の歌が流れてきた。最近発売され、すぐヒットチャートの上位に入った曲だ。「わたし」は思う。やはり私は歌手なのだ。また東京へ戻り、歌を歌おう。
「わたし」は、今日も舞台に立ち、幕が開くのを待つ。(2024/4/28)