すいす物語

38
二〇二五年二月
日本水素エネルギーについて調べてみた。川崎重工業と岩谷産業とエネオスが中心になって取り組んでいるプロジェクトのようだ。液化水素サプライチェーンの構築を目指している。当面は国内で生産された水素を川崎のターミナルに貯蔵し、それを国内に供給するようだ。将来的には水素の社会実装を推し進め、二〇三〇年には、三〇円/Nm3の価格を実現したいと考えているそうだ。
今回の関係ある歌は、南沙織の『早春の港』と、吉田拓郎とかまやつひろしの『シンシア』を取りあげてみたい。
『早春の港』。一九七三年、有馬三恵子作詞、筒美京平作曲。『シンシア』。一九七四年、よしだたくろう作詞、作曲。
吉田拓郎の歌詞というのは、小さなころから面白いと思うことが多かった。『結婚しようよ』の「僕の髪が 肩まで伸びて 君と同じに なったら」という部分は、子ども心にも衝撃を受けたものだ。普通の日本人の結婚のイメージとはかけ離れていると思ったのだ。
『シンシア』も既成観念を打ち壊すような感じを受けた。もっとも子どものころにそういう難しいことはわからなかったが、とにかく面白いと思ったのである。
シンシア そんな時
シンシア 君の声が
戻っておいでよと唄ってる
子どもながらに考えたのは、男の人がシンシアという女の人と別れたあと、その人に会いたがっているのだろうということだった。そこまではわかるのだが、なぜ名前がシンシアなのかというところは、不思議な気がした。当時は、今でもだいたいそうだろうが、欧米の女性と結婚する日本人男性は珍しかっただろう。でも、シンシアという響きがこの歌をとてもよいイメージにしているとも思った。
この文章を読む人は、『シンシア』と南沙織の『早春の港』に何か関係があるのかと疑問を持つだろう。
実はシンシアは南沙織の愛称なのである。吉田拓郎が『早春の港』を聴いて、とてもいい曲だと感じ、『シンシア』を作ったのである。
ふるさと持たないあの人の
心の港になりたいの
これが『早春の港』だが、これに呼応するように、「シンシア 君の声が 戻っておいでよと唄ってる」と返したのだろう。
『早春の港』では、「ふるさと持たないあの人は あてなくさすらう舟みたい」とあり、『シンシア』は、「シンシア 帰る場所も シンシア ないのなら シンシア 君の腕で シンシア 眠りたい」と応じている。
流行歌というのはもったいない。その時みんなが聴いているものを聴いて、みんなが聴かなくなったら誰も聴かない。
しかも、思い出の曲の多くは子どものころ、その歌詞などの意味がわからなかったときにはやったものだ。
時代背景や歌同士の関係などを知ったうえで、じっくりと聴いていると、そのよさを再確認できるのではないだろうか(2025/1/1)
日本水素エネルギーについて調べてみた。川崎重工業と岩谷産業とエネオスが中心になって取り組んでいるプロジェクトのようだ。液化水素サプライチェーンの構築を目指している。当面は国内で生産された水素を川崎のターミナルに貯蔵し、それを国内に供給するようだ。将来的には水素の社会実装を推し進め、二〇三〇年には、三〇円/Nm3の価格を実現したいと考えているそうだ。
今回の関係ある歌は、南沙織の『早春の港』と、吉田拓郎とかまやつひろしの『シンシア』を取りあげてみたい。
『早春の港』。一九七三年、有馬三恵子作詞、筒美京平作曲。『シンシア』。一九七四年、よしだたくろう作詞、作曲。
吉田拓郎の歌詞というのは、小さなころから面白いと思うことが多かった。『結婚しようよ』の「僕の髪が 肩まで伸びて 君と同じに なったら」という部分は、子ども心にも衝撃を受けたものだ。普通の日本人の結婚のイメージとはかけ離れていると思ったのだ。
『シンシア』も既成観念を打ち壊すような感じを受けた。もっとも子どものころにそういう難しいことはわからなかったが、とにかく面白いと思ったのである。
シンシア そんな時
シンシア 君の声が
戻っておいでよと唄ってる
子どもながらに考えたのは、男の人がシンシアという女の人と別れたあと、その人に会いたがっているのだろうということだった。そこまではわかるのだが、なぜ名前がシンシアなのかというところは、不思議な気がした。当時は、今でもだいたいそうだろうが、欧米の女性と結婚する日本人男性は珍しかっただろう。でも、シンシアという響きがこの歌をとてもよいイメージにしているとも思った。
この文章を読む人は、『シンシア』と南沙織の『早春の港』に何か関係があるのかと疑問を持つだろう。
実はシンシアは南沙織の愛称なのである。吉田拓郎が『早春の港』を聴いて、とてもいい曲だと感じ、『シンシア』を作ったのである。
ふるさと持たないあの人の
心の港になりたいの
これが『早春の港』だが、これに呼応するように、「シンシア 君の声が 戻っておいでよと唄ってる」と返したのだろう。
『早春の港』では、「ふるさと持たないあの人は あてなくさすらう舟みたい」とあり、『シンシア』は、「シンシア 帰る場所も シンシア ないのなら シンシア 君の腕で シンシア 眠りたい」と応じている。
流行歌というのはもったいない。その時みんなが聴いているものを聴いて、みんなが聴かなくなったら誰も聴かない。
しかも、思い出の曲の多くは子どものころ、その歌詞などの意味がわからなかったときにはやったものだ。
時代背景や歌同士の関係などを知ったうえで、じっくりと聴いていると、そのよさを再確認できるのではないだろうか(2025/1/1)